ま、適当に

思いつきで書くよ

タムロンSP28-75mmF2.8(A09)

5Dを購入した当初、記念写真を撮るレンズがないことが気になり始めました。スナップなら50mm単焦点でもいいんですけど、ちょっとした観光など、やはり広角域が必要な場合も出てきます。でも、シグマのバカズームは使い物にならんし・・・・・
こういった単純な理由から標準ズームが欲しくなり、購入したのがこのレンズです。

私はもともと広角ってあまり好きではないんです。私特有の現象でしょうけど、あの広角の歪みを見ていると気持ちが悪くなってくるほどで、広角系の写真を好んで撮ることなどこれまで一度もありませんでした。おまけに、画質的観点からズームレンズというものに不信感を持っていたのはご承知のとおり。「そんなお前がなぜ標準ズーム?」とか言われそうですが、必要を感じてしまったのだから仕方ありません。

そんな感じで、このレンズにはさほど期待などしていなかったんですけど、買ってビックリ玉手箱!
「こんなすごいレンズをこんな安価に売っていいの?」
そう思っちゃうくらい、このレンズにはずば抜けた能力がありました。

F2.8の明るさで開放から使える画質のクオリティなんです。ぶっちゃけ、開放から使えるズームレンズって初めてで、ワイド端、テレ端での開放はさすがに若干ゆるいものの、それでも一段絞れば文句なし。二・三段絞ればメロンパンナのメロメロパンチって感じで、解像力も十二分にあり、歪みも少なく周辺も流れない。色乗り、コントラストも申し分ない。小さく軽くてコンパクトで・・・・

実際、ズームでこれだけのパフォーマンスをもったレンズなんて、私は他に知りません。おまけに市中ではこのレンズが3万円強で販売されているのですから、タムロンって会社はホント、いい仕事をしましたね。

これと比べると、あの歪みまくって開放ゆるゆるのキャノンEF24-105mmF4L ISが、ナ・・ナント10万円もするんですからね。キャノンはよくもまあこんな訳の分からないレンズを世に出したものだと感心します。喜んで購入されている方も多々いらっしゃるようですが、絞らなければ使えない標準ズームにISなんぞ付けて、いったい何を撮ろうっていうのでしょう?絞ってわざわざシャッタースピードを落として、自慢のISを利かせたはいいけど、結局歪んだ被写体ブレ写真しか撮れませんぜ、旦那。どうするんですか~・・・・・って、あっそうか、風景なら撮れるか・・・・歪んだやつがね・・・・・

ま、こういうコンセプトが無茶苦茶などうでもいいようなレンズのことは放っといてと・・・、このA09は出色です。標準ズームとしてこれに太刀打ちできるのは、ぶっちゃけEF24-70mm F2.8Lくらいではないでしょうか。(こちらのLレンズは素直にすごいと思います。高いくて重くて大きいけど、画質はA09より上だと認めます。)

ネットでは、このA09は「ピンがこない」だの「個体の当たり外れがある」などといった不気味な論評もなされているようですが、その記述を冷静に掘り下げてよ~く見てください。実害を訴えているのはみんな、原理的なフォーカス問題を抱えているAPS-Cカメラ、その所有者たちばかりですからね。

このA09、フルサイズデジイチ所有の方には文句なくお勧めです。

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  1. 2008/01/31(木) 21:52:42|
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2-3.一般道

基本の各論の中で”最も効率的な車速はズバリ50km/h”などと書きましたが、実際に一般道を走る際にはそれよりも速い速度で走った方が実効が上がります。その際は定速ではなく、アクセル量を一定に保ちながら(速度を微妙に変えながら)走行することを意識します。


<我流解説>

一般道を神経を配りながら走ってみればお分かりになるかと思いますが、一般道というものはまず平坦ということはありません。平坦だと思ったどんな道でも実はビミョ~~~~~に上ったり下ったりしているもの。即ち、”1-4.定速走行”で述べた「アクセルを一定量踏み続ける=一定速度で走る」ではなくなるわけです。この点についてどう対処したらいいのか、基本の項ではちゃんと触れずにお茶を濁した形になっておりました。よって、ここできちんとフォローしておきます。

結論から先に申し上げますと、一般道では極力「オーバードライブでアクセルを軽く踏めばギリギリ加速する程度の車速で、アクセル一定量で走行」してください。

”1-4.定速走行”や”2-1.上り坂”でも触れましたが、車というものは低い回転数で走っていると、アクセルを踏んでもろくすっぽ加速しなくなります。そのくせ、燃料噴射量だけはしっかりと増加する。その結果、せっかく50km/hという理想的な車速で巡行しているつもりになっても、実際にはアクセルレスポンスに優れる75km/hなどで定速走行しているときよりも燃費が悪くなったりします。この「加速しないのにアクセルを余計に踏む」というのはエコ運転の大敵です。絶対にしてはいけません。それならば・・・ということで、ありゃこりゃ試した結果、行きついたのがこの結論です。

結局キーとなるのは”上り坂”なんです。下りなんざアクセル踏んでる限りは大差ない。上りをいかに燃費よく切り抜けるか。角度のある急坂だろうが、一般道のビミョ~~~~~な傾斜だろうが関係なく、これが一般道を走る上での実質的な原理原則となります。

ここで注目すべきは車速ではなく、アクセルを踏む量です。アクセルを踏む量を一定に保つことに全力を傾注します。
上り坂であまり減速すると周りの車に迷惑となるため、基本の項では”定速走行が原理原則”という言い方をしておりました。でも、一般道の微妙な傾斜なら減速しても僅かでしょうから、車速よりもアクセル量の方を気にしてください。念のため繰り返し申し上げますが、急坂だろうが微妙な坂だろうが、状況が許すなら車速よりもアクセル量一定が基本です。それもなるべく高速ギアでです。そして、定速よりも減速です。あくまで「状況が許すなら」ですけど。
ここんとこ、よ~くご理解いただき、臨機にご対応ください。

  1. 2008/01/30(水) 18:50:33|
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チームプレー撮影

「チームプレーの撮影を試みるため、EF70-200mmF4L IS USMを購入する。」

このブログを立ち上げる際にこんな意味合いのことを書き散らかしたばかりなのですが、本日、この決意が揺らぎ始めました。”タムロンA001(SP70-200mmF2.8)が3月7日に発売される”との発表があったためです。その実力は明らかにされておりませんけど、キャノンが総計で4本も取り揃えちゃっている70-200mmというズームレンズの市場(ついでに言うと、うんこシグマも一本出してます)に今更ながら殴りこんでくるわけですから、何らかの勝算があるのではないか。そう思っちゃうわけです。

前にも書きましたが、もしEF70-200mmF4L IS USMを購入したとしても、私自身はこのレンズのISを切って使うつもりでおりました。もともと1/800秒とか1/1000秒などといった高速シャッターを切ることを前提にしておりますし、何よりもISを切った方が画質が上がるからです。となりますと、結局私のレンズ選びで一貫している姿勢、即ち解像感の追求(と言うと「高画素がいいのか」などという誤解を生む可能性がありますが)、ぶっちゃけていうなら「等倍で見たときの美しさ」をベースにレンズ選びをすることになるわけです。(うんこシグマのはこの瞬間脱落していきます。)

他社のレンズと比較した際、誰もが気づくタムロンA001の弱点として、超音波モーターがついていないことが挙げられます。これでフォーカスをはずさずに選手たちを追えるのかという心配が頭をもたげてきそうですが、A09やA061、はたまた借り物のA031なんかで超音波モーターなしでも何とかなることは確認済み。(もともと超音波モーターのないオリンパスとかペンタックスユーザーならこんな心配はしないで済むんでしょうけどね。)心配なのは電池消耗が激しいと思われるところくらいで、F2.8の明るさ、そして定価で10万円ってところも(買値は7~8万円じゃないでしょうか)、買値で11万円を超えるキャノンF4LISよりもずっとお安くて魅力的です。重さはもちろんF4LISよりは重くなりますが、1.5kg近くあるキャノン(並びにうんこシグマ)のF2.8Lなどと違って”1,150g”と重さをEF300mmF4L並みに抑えてあるところも申し分ありません。

問題は肝心要の”解像度”。残念ながら、現時点ではタムロンA001のサンプル画像が提供されておりませんから、この点についての情報はありません。また、参考のためにタムロンの望遠ズームSP200-500mm(A08)のサンプル画像(素人ユーザー提供)を見てみると、望遠もここまで行っちゃうとダメみたいで、どうも開放は使えそうもない。となると、A001はどうなのかちょいと心配になってきます。

ただ、タムロンという会社はどこぞのうんこシグマなんかと違って、私の期待を裏切ったことがないという実績(?)があります。もしこのA001が開放から使えそうなら、EF70-200mmF4L IS USMを抜き差って私の購入希望レンズ第一位の座を占めることでしょう。開放がゆるくて一段絞ってようやくF4LIS並みになるというならば、軽さを取るか安さを取るかに悩むことでしょう。どんなに絞っても画質的にF4LISに一歩譲るならば、当初の予定通りISの方を購入するでしょう。

とまあこんな感じで、現時点で結論は出ませんが、3月はじめからこたろサッカーの新年度が始まってしまいますので、あまりゆっくりもしていられないという個人的な事情もあります。メーカーの提供するサンプル画像は全然当てになりませんので、発売後にユーザーの提供する素人サンプル写真を見比べたりしながら、なるべく早い段階でどちらを買うか結論付けたいと思います。

まあ今回に限ったことではありませんが、こうやって「どっちがいいかな~」などと悩んでいる間が、実は一番楽しいんですよね。

  1. 2008/01/29(火) 23:46:23|
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ブルックナー

ブルックナーという作曲家がいます。この人の音楽は時代的には後期ロマン派に属し、鑑賞する頻度という意味ではマーラーやショスタコーヴィチほどは聴きませんが、それでもブルックナーは私の中ではそれなりの地位を占めていますので、ここで取り上げてみます。

この人の音楽を一言で表現するなら「変態音楽」と言えましょう。

そのシンフォニー(交響曲)の旋律はどれもこれも超イモっぽいし、どれもこれもみんな、ただただデロデロダラダラしています。二分音符に三連符が続く芋っぽいリズム(”ブルックナーリズム”といいます)に妙な展開、田舎っぽい和音にコテコテのメロディー。”オーケストレーション”はお世辞にも華麗とは言い難く、その泥臭さは天下一品です。まだ聴いたことのない方は試しに聴いてみてください。あまりの退屈さに必ず寝ることでしょう。断言しましょうか。「あなたは寝る!」

旋律だけではありません。

シンフォニーという曲の形態として一応4楽章形式をとってはいるのですが、他の作曲家にはない最大の特徴がブルックナーにはあります。それは「どの曲も4楽章がメチャクチャ変」ということです。どう聴いても1~3楽章と合わないのです。曲を通じて一貫性がない、そんな気がするんですね。例えば比較的有名な交響曲第4番や第7番。聞いていていつも4楽章で「コケッ」とコケます。いつもそう、本当にコケる。オーディオの前で一人でいつもそういうリアクションを入れています。(薄気味悪いヤツ!)

結局、ブルックナーを聴くときはシンフォニーだと思って聴いちゃダメなんですね。ただ単に「1時間くらい音楽を聴くぞ~」っていう気持ちで聴かないと。「1時間くらい”の”音楽を聴く」じゃなくて「1時間くらい音楽を聴く」ですよ。そう、ブルックナーの音楽は曲単位では終わらないのです。1曲で完結しない、いつも終わりのテロップには「つづく・・・」って出るのです。

そして楽章間に連続性がありません。即ち、順番どおりの楽章間に連続性が希薄であり(特に4楽章)、交響曲第○○番という単位は便宜上存在するだけ、言い換えれば”交響曲第○○番というカタマリ”にさほどの意味はないのです。(ホンマかいな?)

「連続性がないなら『つづく・・・』って出るなんておかしいじゃねえか」、「矛盾してねえか」と思われるかもしれませんが、もちろん矛盾などしておりません。私はそう簡単に馬脚をあらわしたりは致しません。

順番どおりの楽章間に連続性は希薄なのですが、ブルックナーのシンフォニー全体を鳥瞰してみると、主観的にあっちこっちでつながりが出て来るのです。例えば、ちょっと極端になりますが
「今日は8番の1楽章に続いて6番の2楽章を聴いた後、7番の2楽章にいって5番の3楽章で締める」
なんてことが自分の中で可能になってしまうわけです。これが嵩じると、例えばブルックナーの7番を聴いたとき、1楽章の後に8番が、2楽章の後に6番が、3楽章の後に4番が、そして終楽章の後に9番が聴きたくなったりして収拾がつかなくなってきます。こうして永久にブルックナーから離れられなくなる。終わることができなくなるわけですね。これを「ブルックナー輪廻の法則」といいます。その発見者はもちろんこの私です。

ブルックナーに薄気味悪いほど熱狂するファンがいる理由がこれなんですね。この全てを超越したところにあるブルックナー世界を発見したとき、人はブルックナーにはまってしまい、自分をコントロールすることが出来なくなるのです。聴くたびに「あ~変だった」と満足する。他人からは決してわからない変態じみた陶酔の世界・・・・・

その中でも筋金入りの変態たちが集まっているのが「ブルックナー協会」です。私はまだ筋金は入っていないのでこの協会に所属する意志はありませんが、彼らの気持ちは理解できます。ですから皆様、彼らをいじめないでいてあげて下さいね。

  1. 2008/01/28(月) 23:23:45|
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大晦日の鎌倉

日本帰国以来、毎年1回は家族で鎌倉に出かけています。3年前にはこれを「大晦日」に執り行い、その後はずっと大晦日の鎌倉巡りを続け、今では我が家の定例イベントとして定着しかかっております。今あらためて数えてみますと、鎌倉には延べ5年間にわたって7回行ったことになります。

さて、この我が家定例鎌倉詣でですが、これまでは毎回毎回カメラやレンズを換え、それぞれの描写を試したり楽しんだりしてきました。そして、これがいつしか「毎回レンズを変えてみよう」という自主ルールへと発展。今年は何を持っていこうかという検討が、年末の楽しみの一つとして加わったのです。

  1回目:Nikon COOLPIX4500
  2回目:Kiss Digital + EF-S18-55mm
  3回目:Kiss Digital + うんこ17-35mm
  4回目:EOS 5D + EF50mm
  5回目:EOS 5D + EF70-200mmF4L(借り物)
  6回目:EOS 5D + 28-75mm(A09)
  7回目:EOS 5D + 28-75mm(A09)

それが、上の表記を見てもらえればお分かりかと存じますが、昨年末の7回目の鎌倉詣では6回目と同じレンズを持っていってしまったんです。なんということだ!痛恨!(って、大げさ?)

もともとはタムロンA20(手ブレ補正機能つき28-300mm)を購入し、持って行くつもりをしていたのです。それが年末は仕事で超バタバタしておりまして、この興味深い高倍率ズームレンズを買うチャンスが巡って来ませんでした(てか、正直言うと、お金がなかったッス)。それならばということで、今回はEF85mmF1.8で行こうと決めていたのです。観光に中望遠ってのが何だか無謀に見えるかもしれませんが、これ、やってみると結構行けるんすよ。その辺は70-200mmで実証済み(と言っても、正直単焦点だとちょいと辛そうだけど)。そして前日の昼間の段階でカメラに85mmを装着。そう、確かに装着までしたんです。そして「さて、中望遠単焦点でどうやって撮ろうか」と頭の中で楽しい妄想をめぐらせておりました。

が、何をトチ狂ったんでしょうか。夜になって、年末の大掃除にかこつけて「センサーの掃除もしておこう」とばかりに、そのレンズをはずしてブロアで吹いちゃったんですね。そして無意識のうちに、レンズを普段いつもつけているA09に付け替えてたんです。

翌日、カメラを仕込んだバッグを肩からぶら下げ北鎌倉に向かいます。いつものように電車を降りて、円覚寺の前でカメラを取り出し記念写真をパチリ。毎年恒例のこのパターンを実行に移す際、初めてレンズが85mmでないことに気づきました。

「あ~~~~~~~~っ!・・・・・・なんだよ、もう!」

このときの私の脱力感をご想像ください。わたしゃ、こういう失敗が一番許せないんですよ。せっかく毎年続けてきたことだってのに、このたった一回の失敗で全てが無に帰してしまうんですから。(って、大げさだってば)

老人ボケっていうか、加齢臭プンプンっていうか、腰が曲がってるっていうか、皮膚がシミだらけっていうか、・・・・・身も心もクソジジイになりきった自分を自覚させられた思いがします。ちっきしょ~!

鎌倉 記念写真
2007年12月31日 鎌倉鶴岡八幡宮前, EOS 5D, タムロンA09, 28mm, 1/320秒 F9 ISO100, 縮小24%

この写真、単純な日の丸構図の記念写真に見えるでしょうけど(てか、その通りなんですが)、実は「奥に本宮が確認出来る」「影で鳥居の存在が分かる」「自分の影は入れない」というテーマを掲げて撮ってます。ちょいと傾いちゃったけど、補正もせずにそのまま掲載。

  1. 2008/01/27(日) 13:08:13|
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2-2.下り坂

下り坂では上り坂とは異なる原則があります。即ち、「下り坂は高速ギアでの滑走」、これが大原則です。下りではアクセルを踏まずにシフトをAT(オーバードライブオン)に放り込めば勝手にその状態になりますので、可能な限りはそのようにしてください。但し、途中で減速したり停車したりする必要がある場合はこの限りではありません。そのようなときには基本に忠実に、なるべく早い段階でエンブレをかけ、フットブレーキも併用してエンブレ時間を長くとることを徹底してください。


<我流解説>

下り坂はタダで(ガソリンを使わずに)車速を得る絶好のチャンスです。坂の上にいる状態の豊富な位置エネルギーを可能な限り車速へと変換していくのです。よって、下り坂の途中、あるいはその先で減速したり停車したりする必要がないような場合は、なるべく早い段階で高速ギアの滑走状態に移れるようシフトレバーをD(オーバードライブオン)に放り込んでください。車速が十分でない場合はアクセルを踏んでしまってもかまいません。下り坂では高速ギアでもチョコっと踏むだけでガンガン加速するでしょう。抵抗がない分、そこで消費されるガソリンの加速効率は高いため、状況が許すならその方がいいくらいです。車速を得られるだけ得ておいて下り坂以降もその惰性で前進できるのならば、これほど燃費的にうれしいことはありませんから。

但し、坂の途中やその先で減速したり停車したりする必要がある場合は、対応が百八十度変わります。エンブレをかけまくってください。というのは、下り坂ではエンブレが利きにくいので、いつもの感覚でエンブレをかけていると、最後の段階でフットブレーキを強く踏むことになってしまうからです。そんなことをするくらいなら、いつもより前の段階から、なるべく低速のギアでエンブレをかけることが重要です。その方が「エンジンブレーキのかかる時間が最も長くなるように減速する」という原理原則に適うからです。但し、下り坂でちょうどよいエンブレのタイミングを掴むことは結構難しいので、その習得に向けて修練を積んでください。

このように、状況に応じた幅広い対応が求められる下り坂では、上り坂と同様に「正しい状況判断」が何よりも重要になります。見通しの悪い下り坂でいい気になって加速して、カーブの先に車が止まっていることを発見して慌てて急ブレーキを踏む、なんてことをしていたのでは、エンブレによるせっかくの燃料カットのチャンスを失ったことになってしまいます。またその反対に、せっかく車速を得るチャンスなのに必要以上にエンブレ&フットブレーキをかけるのもご法度です。溜め込んだ位置エネルギーを無駄に浪費しているようでは、エコ運転のプロフェッショナルとはいえません。

初めて走る道や先のよく分からない坂道などでは、エンブレと滑走とをうまく併用しながら、平坦路と同等、あるいはそれより少し低い速度で定速走行することを心がけるとよろしいように思います。そして、安全に問題がない範囲で坂道の終わる前にエンブレは解いておく(滑走状態にする)。なぜなら減速、停車をする必要のない場所でエンブレをかけるのは、燃料カットの恩恵よりも車速の減退によるロスの方が大きいからです。

また、下り坂が終わってすぐにアクセルを踏んでいるようでは、下り坂での運転そのものに問題があると思った方がいいでしょう。見通しのよい下り坂を下った後にアクセルを踏むくらいなら、坂を下り終わる前からアクセルを踏んでください。その方が車は容易に加速するため、燃費効率はそれだけ上がります。「タダで得られる車速」「加速が安易」という下り坂の恩恵を十分に享受できるよう、下り坂はフレキシブルにご対応ください。

  1. 2008/01/26(土) 16:33:51|
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公式戦終了

準優勝に終わった先週末の地元の大会を最後に(土日に詰め込みで行われました)、こたろサッカーチーム(3~4年生)の年度内公式戦が全て終わりを告げました。といっても、”市長杯”とかいう4、5年生のチームで当たる大会がまだ残っているので休みに入るというわけではありませんけど、まあ、心の中で一区切りついたわけです。

この1年を振り返ってみますと、まず、カメラを持ち出して撮影に当たった日がちょうど30日。年間休日日数を年間120日とすると、休暇全体の25%に当たります。この間に撮りためた写真の枚数が大まかに言って6,500枚くらいですから、それぞれの日に200枚強を撮影してきた計算になります。また、その全ての画像をトリミング・調整・現像してきたわけでして、この撮影後にかかった労力まで勘案いたしますと、これはもうとんでもないエネルギーをこたろサッカーに注ぎ込んできたことになります。

これだけ満遍なく継続的に同じ題材を撮影してきたのはあとにも先にもこれが始めてのことなんですが、これがちょうどチームの成長期に当たっていたこともあって、以前にも書きましたように新しいレンズを欲しくなったりもしてますけど、撮影自体は結構楽しみながら行うことができました。

この前コーチから話を伺ったのですが、もともとこたろの所属するサッカーチームは伝統的に弱いグループに属するチームで、運動神経に優れた子供は別の強いチームに所属するのが常だったそうです。それが、こたろの学年だけは何故かそういう傾向が希薄で、だからといってとっても強いというわけでもないのですが、実力的には平均よりは上位にあり、それなりに強い、やや強いくらいのレベルになっているとのことでした。実際、今年度は地元の大会ではずっと準優勝を続けておりますし(優勝できないところがカワイイでしょ?)、参加チームがべらぼうに多い横浜市の大会あたりですと、予選リーグを突破するくらい(本選ではすぐに負けちゃいますけど)の成績を残すようになっておりますから、この”やや強い”という評価も確かに肯けることではあります。

こうなってくると、「せめて地元の大会で一回くらいは優勝させてやりたい」「本選でもせめて一回くらいは勝たせてやりたい」などと考えてしまうのが親心ってなモンで、キーとなる試合が白熱してきたりすると、いつの間にやらファインダーを覗くのも忘れて試合を食い入るように見つめていたりします。こんな調子で撮影しているモンですから、6,500枚も撮っている割には「決定的瞬間を撮った」という経験がないというド素人丸出し状態なんです。いつの日かこいつを撮りたい。その決定的瞬間ってのはやはりゴール前で起こりますから、それを撮る機材として年初に「EF70-200mmF4L ISが欲しい」と書いたのは記憶に新しいところです。

でも、実際にはまだこれを購入するには至っておりません。その理由は、もちろん”金欠”ってこともあるんですけど、実のところ5D後継機と併せて発表されるであろう新しいレンズに対して密かに期待を寄せていたからでした。

> EF100-300mmF4L IS USM

こんなレンズをキャノンが開発しているなどという話は金輪際聞いたことないんですけど、こたろサッカーを撮影する上で、この焦点距離が私の考えるベストのスペック。もしかするとキャノンはこの私のニーズに応えるべく(そんなわけねえだろ!)、水面下で着々と開発を進めて・・・・なんて、デタラメな妄想を抱いていたわけです。

この私の妄想レンズと同じスペックのレンズをあのうんこシグマが発売しています。まあ確かに私のニーズとつき合わせてみると、焦点距離、明るさ、重さ、価格等のバランスは取れていると思わざるを得ませんが、そうは言っても私、あの会社のレンズを意地でも買うわけには参りません。また、幸いなことに(?)あのレンズの解像度は私が満足できるレベルにはありませんので、物欲が沸いてこないで助かっているってこともあります。

「EF70-200mmF4L ISで解像度を上げた技術を使って、キャノンがこのスペックのレンズを作ってくれたら・・・」

自分の希望だけを頼りに、世の中のニーズも何も分からずに何の根拠もないまま淡い期待を抱いていたわけなんですが、昨日発表された新機種の内容を見て、ちょいとガックリきました。カメラは5D後継じゃなくてキスデジXの後継機だし、レンズの方は200mmと800mmという誰も買いそうにない馬鹿でかいLレンズのみでしたからね。カメラは廉価機種なのにレンズは超高級。これを同時に発表しちゃうところが最近のキャノンの訳の分からなさを象徴しているようでなんとも素敵ですが、とにかく、私の欲求は満たされなかったのでした。(当たり前のような気もするが・・・)

我ながら話があっち行ったりこっち行ったりして訳分かりませんが、とにかく、ここんところに何らかの知見が得られない限り、EF70-200mmF4L ISの購入行動にも移れずに困っているというのが実情です。来年度の公式戦が始まる3月までに、なんとかもっともらしい理屈を構築して、自分を騙した上で行動に移さなければなりません。でないと、決定的瞬間が撮れないばかりか、チームプレーを一枚の写真に収めるという新たな試みに着手することすらママなりませんから。

ま、そうは言っても新年度の公式戦が始まるまであと一月ほどの猶予がありますから、ゆっくり考えていきたいと思います。

  1. 2008/01/25(金) 22:45:08|
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EOS Kiss X2

「なんじゃ、このカメラは!」

ついに出た出たやっと出た。ヤットデタマン!・・・って例えが古くて申し訳ありませんが、とにかく昨年の台数シェアでトップの座を譲り渡したニコンに対抗する最初の切り札、キャノンのキャノンによるキャノンのためのカメラ。ユーザー受けしそうな数字は全部スペックアップしてきました。これぞ我々ユーザーが待ち望んでいたデジイチ究極の形。

1220万画素・・・さすがです。画素が多いってことはそれだけ細かく解像するってことですもんね。デジカメの原点に立ち返ったすばらしい発想です。

セルフクリーニングセンサー。この機能は全然使い物にならないなどと悪口を言う人もいますが、”電池消耗機能”などと揶揄する人もいますが、なあに、そんな戯言を気にすることなどありません。振動でセンサーのゴミを落とす機能があって悪かろうはずがないですからね。

更にライブビューと来ましたか。言うことなしです。使い勝手が格段に増すことでしょう。

さすがはキャノン、やってくれました。期待を裏切らないね、キャノン。その終始一貫した姿勢に敬意を表し、私も心からお祝いを申し上げたいと思います。

「ドアホ!」

・・・もう付ける薬がありません。

  1. 2008/01/24(木) 21:08:02|
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2-1.上り坂

「上り坂は車速のコントロールが可能である限界ギリギリの高速のギアで。」これが大原則です。シフトチェンジは基本的にマニュアルで行い、アクセルを踏み込めば加速感の得られる範囲で、なるべく高速のギアを選択します。


<我流解説>

上り坂というのは大変厄介です。「発進」ひとつとっても、ブレーキを離した後のクリープ現象による前進はありませんし、アクセルを踏まなければ下手をすると車は後退します。加速もなかなかしませんし、定速走行のときにどれくらいの速度で走ったら燃料消費が抑えられるのか(燃費効率がよいのか)もよく分からない。減速時だってアクセルを離しただけでどんどん車速を落としていきますので、エンブレ等のタイミングも掴みにくいし、エンブレをかけるべきなのか滑走に任せるべきなのかも迷ったりします。

市販されている車のほとんどは、ATシフトチェンジのプログラムがスピードよりも燃費を重視して設定されているそうです。従いまして、上り坂のように走行に負荷のかかる環境では、これまで基本として述べてきた運転法では非力すぎて対応できなくなることも少なくありません。そうしたとき、どう対処していけばいいのでしょうか。

平坦に近い緩やかな上り坂、あるいはギアチェンジしている間に上りきってしまうような短い坂でない限り、上り坂は低速ギアで走行します。また、そのためのシフトチェンジの操作はマニュアルで行います。これが上り坂での絶対的対応です。燃費が悪くなるからとアクセルを踏むことを躊躇し、ATの高速ギアに入ったまま中途半端なアクセルワークでズルズルと車速を落として、後ろの車に悪いからと慌ててアクセルを踏みこんでみたけどなかなか加速しない。これが最悪の対応です。これをするくらいなら、ビビッてないでアクセルをグイッと踏んじゃってキックダウンで低速ギアに入れて加速した方がまだましなくらいです。

それより上り坂で効率的なのは、マニュアル操作でシフトダウンすることです。4速で少しアクセルを踏んでも車速が落ちていくようなら3速へ、3速でも加速しなければ2速へ・・・。このように、坂道の角度や自車の車速に応じてどんどんシフトダウンしていきます。そして、アクセルを余計に踏んだだけで、ちゃんと加速感の得られるギアに固定します。これを繰り返していれば、いずれ「このくらいの速度でこのくらいの坂道なら○○速」というように、自然に適切なギアを選択できるようになります。

その状態で極力加速をしないまま走ります。が、例えば4速で加速しないからといって、アクセルはそのままにギアだけ3速に入れたりしますと、急に加速感が得られたりします。実はこの状態、とても燃費が悪いっス。シフトダウンしてアクセルを同じだけ踏んでいると燃費的に過回転になっちゃうんですね。ではどうすればいいのかというと、ギアを3速に落とすと同時にアクセルから足を離して減速します。そして、3速でアクセルを踏めばギリギリ加速する程度の車速まで落ちたとき、ようやくアクセルを一定に踏み始めるのです。

加速が十分にできるギアにまでわざわざシフトダウンしながら「極力加速をしない」「減速する」というのもなんだか変な話ですが、このギアの選択は加速をするために行ったのではなく、最も燃費効率がいいギアを選ぶためのものですからこれでいいのです。上り坂での加速は燃費的には愚行と言えますので、できる限り避けなければなりません。やってみればわかりますが、減速といっても大して速度を落とすわけではありませんから、多くの場合はこの対応でいけると思います。

と申しましても、例えば上り坂で止まっている場合などは、「加速するな」「減速しろ」などと言われた途端に何もできなくなってしまいますよね。こうした場合はもちろん車を加速させますが、その加速の仕方は基本に準じます。即ち、発進ならば1速マニュアルで15km/hくらいまでゆっくりと前進させ、その後はギアを1速に保ったままでアクセルを踏み込んでいく。2速でもアクセルオンで十分な加速が得られるくらいの車速になったところでシフトアップ。

ここまで検討すれば、上り坂でのシフト選択、アクセルワークの原則がみえてくるでしょう。
そうです。マニュアルシフトを多用することで、いつでもエンジンがスムーズに回って車の加減速を操ることのできるギリギリの高速ギアを選択していけばいいのです。

このように、上り坂では「シフトダウン+減速後定速走行」が基本ですが、「そんなことすると車速が遅くなってしゃあないで」という場合だってもちろん出てきます。そうした場合は、まずとりあえずシフトダウンします。そして、一段高速のギアでギリギリのアクセルコントロールが可能な速度まで加速します。そして、その後シフトアップして定速走行。”一段高速のギアでギリギリのアクセルコントロールが可能な速度”ってのを低速ギアで走っている際に見極められるどうかが勝負の鍵です。この辺は経験的にマスターして行くしかありませんが、日ごろ意識していれば必ずできるようになります。

とにかく「どんなギアでもアクセルを踏めばギリギリ加速する程度の車速で定速走行」を基本に、周りの交通状況に応じて臨機応変にお願いします。

尚、上り坂での加速はご法度ですが、減速は構いません。さっき「ズルズルと車速を落として、・・・・これが最悪の対応です。」と言ったばかりなのに矛盾するじゃねえか、と思われるかもしれませんが、その後加速する必要が生じなければ減速してしまって構いません。即ち、その後の状況判断によって対応が変わるのです。
もちろん”ギリギリの高速ギア”で走っているところから減速するわけですから、当然のことながらエンジンは回転数を下げて加減速を操ることができない状態になってしまいますが、その一方で、減速した方が定速走行よりも燃費的に有利な結果が得られるのが通常です。他車に迷惑をかける可能性の低い先が読める上り坂などでは、定速もしくは減速を基本に「多少不自由するくらいが燃費的に一番いいんだ」くらいのつもりで臨まれるのがよろしいかと存じます。

  1. 2008/01/23(水) 22:17:39|
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2.エコ運転の応用Ⅰ

もしあなたが過去燃費に対して無頓着で、これから「いい燃費」を求めて一念発起したところだとすれば、これまで書いてきたことを実践しさえすれば、あなたの運転の燃費は確実に向上します。ただ、あなたはどれくらい燃費が向上すれば満足されますか?「いい燃費」とはいったい何でしょうか?

あるA地点から発進してB地点で停車するまで、最も燃費のいい(最も燃料消費の少ない)運転法というのは確実に存在します。但し、その運転法を特定するためには、A地点とB地点との間の道がどのように走行しているか、天候はどうか、などという情報が必要になります。また、車そのものの情報ももちろん必要です。言い換えると、道路や天候の状況によって、あるいは運転する車の性能・状態によって最適な運転法というのは異なってくるわけです。

更に、あなたの車を使ってA地点で発進しB地点で停車する最も燃費のよい運転法が見つかったとしましょう。でも、このB地点が信号だったりするだけで、この運転法は「最も燃費のよい運転法」ではなくなってしまいます。なぜなら、多少のガソリンのロスには目をつぶっても、B地点の信号の変わるタイミングを見計らって減速することなくB地点通過できるような運転をした方が、B地点以降も含めたトータルの燃費はよくなったりするからです。

「部分最適の運転法は存在する。でもそれをいくら積み重ねても全体最適になるとは限らない。燃費向上の妙はその組み合わせと状況判断にある。」

これまでは、この部分最適の方法を5つの要素に分けて論じてきました。最高レベルの燃費効率をたたき出すためには、基本となる一つ一つのエコ運転法を理解し、実践を通じてマスターしていく必要がありますからね。これは外せません。

でもここからは違います。もちろん実際の道やら車やらって千差万別ですので、あらゆる現象を包括的に説明しきることは不可能なんですが、そのようなことは承知の上で、ここからは全体最適に至る部分最適の使い方、考え方を何とか説明しようと試みるものです。

まあ急がず慌てず行きましょう。
まずはこれまで述べてまいりました基本を踏まえて、様々な状況への対応法に触れていきます。

  1. 2008/01/23(水) 22:10:48|
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モーツァルト

「クラシック音楽史上、最も偉大な人物を一人挙げなさい」などという投げかけをすると、第一位に挙がってくるのは決まって”モーツァルト”なんですね。第二位は国民性によって回答が異なったりしますが、日本でこの質問をしたら”ベートーヴェン”ってことになるんでしょう。

ともかく、クラシックを語る上でモーツァルトは避けて通れない。だからこそ、ここで正面切って取り上げますが、私に言わせれば「モーツァルトの音楽なんかを喜んで聴くやつの気が知れない」ってところです。

私がモーツァルトを聴く過程および感覚を精査してみますと、”モーツァルト”も”モーニング娘。”も”安室奈美江”も”宇多田ヒカル”も(例えがちょいと古くて申し訳ない)、こちらの受け取り方は全く同じ。時代が違うので曲調はまるで違いますが、その本質は全く同じで「中身の薄い大衆受けする要素満載の音楽」と受け取ってしまうのです。その上、私自身は現代に生きいますから、モーツァルト時代の大衆よりも安室や宇多田時代の大衆の方が感覚的に近いのか、後者の方がまだ聴けるくらいです。

これらの音楽に共通の要素は・・・・すぐに飽きるところ。そう、飽きてしまうのです。

「同じ音楽を100回聴いても1000回聴いても決して飽きない。」

そういうところにクラシック音楽の凄みがあると思うのですが、モーツァルトなんかたとえ一瞬は面白いと思うことができたとしても(できないけど)、とてもじゃないですが生涯を通じての連続鑑賞には耐えられないような気がしてなりません。

だいたいモーツァルトのどこが(いまや消えていなくなりつつある)小室やつんくと違うのでしょうか。

「ろくな価値観も定着していないような女子供に媚びて」
「とにかく耳当たりだけはいいように」
「同じような音楽ばっかり」
「受けているうちに儲けるだけ儲けようと」
「少しずつ目先を変えながら」
「大量にひたすら出しまくった」
「自分のことしか考えていない銭ゲバ」

・・・ほら、同じではありませんか。

でも、世の中には「モーツァルト信者」と呼べるようなモーツァルトを崇拝して止まない阿呆がいっぱいいます。

彼らに対してモーツァルトを貶したとき、こういう輩の反応は単純です。怒り出すか、もしくはこちらを軽蔑したような笑みを口元に浮かべて自信満々自説を繰り広げ始めるかのどちらかなんですね。「モーツァルトはこうだ」などと声を大にしてモーツァルトの神秘性を”普遍の真理”とばかりに公言し、断定しきる。その様子はカルト宗教の信者と何ら変わりがありません。

カルト宗教に共通するのが「教祖絶対」という噴飯ものの性質ですね。教祖様のお言葉には何にでも意味があり、その字面の裏の意味を穿り返して、現実世界に無理やり当てはめてありがたがる。

例えば教祖様が「うんこは臭い」などと言ったとしましょうか。我々からすれば「そんなの当たり前やんけ」で終わってしまうのですが、信者となるとまるで受け取り方が違うのです。この発言に対して
「教祖様は我々にものを感じ取る五感の大切さを説いてくださっているのだ。ありがたや~!」
などと裏の意味をこじつけて、いちいち感動してひれ伏すわけですね。

更に、同じ教祖が前と矛盾することを言ったりやったりしたとしても、信者というものは決してめげることはありません。同じ教祖が「うんこは臭くない」などと言ったとしましょうか。我々からは「アホか、お前」「言ってることが違うやんけ」で片付けられるこの発言が、信者にとっては
「教祖様は世の中には無駄なものなど一つもないということを説いてくださっているのだ。ありがたや~!」
などということになってしまい、またもや感動してひれ伏すのです。

そのベースにあるのは「教祖様はやはり人類の救世主」みたいな自分勝手な主観を無限に増幅させていく、という宗教の精神循環ですね。彼らの主張はそのでたらめな思想に基づく「世界平和」やら「人類救済」であるがゆえに、
「自分は正しい。皆間違ってる」
という発想から抜け出す動機を自ら断ち切ってしまっており、もう何事にも比較し難いほど性質が悪い。こんなの、日本よりちょっと北に位置する某国の将軍様とか、何とか学会とかいう宗教団体の何とか大作とかいう脂っこい強姦じいさんの崇拝のされ方を見ていれば、一目瞭然ですよね。

でも、彼らにとって彼らの行動は彼らの思想宇宙の中では正義なのです。だから尚更性質が悪い。宗教の中に入り込んでしまうと、とたんに気づかなくなるのでしょう。こういう人々が持ち出してくる論理というのが・・・・・そう、”教祖全肯定”、”教祖全行動全善意解釈”、そして”断定”です。

全肯定と言っても決して文字どおりの意味ではなく、教祖が絶対に傷つかないような部分だけちょこっと否定して見せて
「自分はちゃんと自分の頭で考えていいも悪いも判断しているよ。盲目的に狂信しているわけじゃないよ。」
というポーズを見せておいて、本質部分では全て肯定、っていう小ざかしい脚色も含まれますから気をつけてくださいね。そして他の宗教なり国なり、敵対する組織を徹底的に非難する。”目くそ鼻くそ”とはこのことですね。

ともかく、こういう方々にはどんな薬も効かないのです。(この長々とした宗教論は何のため?)

モーツァルトの信者がコレなんですね。教祖(モーツァルト)がもう死んじゃってるっていうのに、勝手にその音楽の解釈を増幅させて脈々と生き続けているカルト宗教。”モーツァルトの音楽にある精神性”とか”モーツァルト以降の作曲家に見られるモーツァルトの影響”などを無理やりでっち上げて、あろうことかそれを心から信じ込み、そればかりか他人にまでコレを押し付け広めようとする。

もう結構です。私を説得しようったって、そんなの時間の無駄です。だいたい、私を誰だと思ってるんですか?私がそんなカルトにはまるほど落ちた人間だとでも思ってるのでしょうか?私にはた~くさんやることがあるので、阿呆に付き合っている時間などないのです。そんなにその主張をしたいのなら、鏡に向かって勝手にほざいていてください。(誰に向かって言ってるんだろう?)

  1. 2008/01/22(火) 23:59:01|
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シグマ 17-35mmF2.8-4 EX DG HSM

キスデジを購入して我が家のレンズ群が全て望遠側にシフトした形となり、広角から標準域にかけての焦点距離をデジタルで撮影する術を失った私は、早速このレンズに目をつけました。
発売されたばかりのこのレンズはAPS-Cで27-56mm相当の焦点距離となることもあって、キスデジ用標準ズームとして、また銀塩では超広角ズームとしても使えることから大変魅力的に見えたからです。
早速購入してみました。

が、それ以来このレンズに、いや、引いてはシグマという会社に失望する出来事が続いたのです。

まずこのレンズ、購入当初から全然フォーカスが全然来ないし、片ボケまであります。それが半端じゃない。
「シグマって会社はこんなクオリティの低いレンズを合格品として市場に出すのかよ。どういう出荷基準とってんだ?」
ムカついた私は東京在住の友人に頼んで、このレンズをシグマに調整に出してもらいました。

そして、ちょうどカメラがキスデジからEOS 5Dに切り替わった頃と相前後して、そのレンズが調整から戻ってきました。
5Dを手にして、今度はこのレンズを本来の超広角ズームとして使えますから、「超広角ってどんな世界なんだろう」という期待感もあって、早速持ち出して撮影してみたのです。

調整に出したおかげで片ボケは直りました。フォーカスも前よりはマシになりました。が、やはりどうもフォーカスがカチッと来ません。特に、絞りを開くとテキメンに使えません。カメラのせいかと思ってキスデジでも撮ってみましたが、結果は同じです。
「なんだかな~」と思いましたが、どうやってもからきしダメだった調整前と比べて、F8まで絞ると等倍で鑑賞さえしなければ何とか見られるって感じなので、不承不承F8まで絞って使っていました。

ちなみに、私は室内で写真を撮ることは滅多になく、屋外の太陽光線の下で撮影することがほとんどです。
外で遊ぶ子供を撮ったり、その辺の風景を撮ったりすることばかりで、被写体のすぐ近くに寄った写真などほとんど撮りません。
「超広角」で「さほど近くない被写体」を「十分に絞って」撮っている、即ち被写界深度は十分に深いはずなのです。
なのに等倍で見るとちゃんとフォーカスが来ていない。これがどうにも理解出来ませんでした。

ただ、撮影を重ねるに従って前ピン傾向には気づいていました。
「なんか、手前にフォーカスが来ているような気がする。」
漠然とそう思っていました。
でもこれ、一回調整に出しているのです。おまけに、被写界深度だって十分に深いはずです。
「17mmF8で撮ってて、前ピンも何もないよな。」
当然のようにそう考えていました。

そしてある日、知り合いの家でパーティーがあって、撮影を頼まれました。そんなに広い家ではないので、このレンズを持って行きました。
このレンズをつけたEOS 5Dに外付けのストロボ430EXを装着。
ISO100でF8の絞り優先でも1/15~1/30秒くらいで撮れるくらい明るい部屋でしたが、手ブレがいやなのでプログラムモードで100枚くらい撮影してきました。(絞りはだいたいどれもF4)

帰宅してから画像を見ると、どれもこれも見事なばかりにフォーカスが来ていません。
適当にA4サイズに印刷して欲しいとの注文でしたから、もう泣きそうでした。
その中から比較的ましなやつを5枚程度選び、更にシャープネスを無理矢理上げて印刷。
撮影を頼んできた知り合いにそれをお渡ししてお茶を濁しておきましたが、どうにも気分が晴れません。
このレンズをたたき割ってシグマに送りつけてやろうかと思いました。

撮影した100枚程度の画像を順に見ていくと、狭い室内ですから肝心の被写体以外にもあちこちに様々なものが写っています。
そこで初めて前ピンであることを確信しました。手前に写っているものにフォーカスが来ている写真が何枚かあったのです。(被写体が遠いとどこにもフォーカスは来ませんが、被写体が近ければピタッとフォーカスの来ることがあるってことです。前ピンだけどね。)

これ、再調整に出そうとも思いましたが、ネットには「調整に出したのに『問題なし』なんて言われて無調整で返ってきた」なんて報告も散見されます。レンズをわざわざ梱包してシグマに送るなんてこと一つとっても一ユーザーにとっては超面倒くさいことだってのに、ろくでもねえゆるゆるの基準を持ち出されて「問題なし」なんて言われちゃった日には、怒髪天を衝くことになる。
よって、もし再調整に出すとしても、その前にとにかくこのレンズの前ピンっぷりがどの程度なのか、ちゃんと調べておこうと思いました。(←これだって私にとっては超面倒くさいんですけどね。)

結果、やはり遠い被写体ではどこにもピントは来ておらず、被写体が近いときには合焦しても怒涛の前ピンでした。

--------------------- 試写概要 ---------------------
近い被写体でどう写るのかを試した様子を掲載します。下の写真をご参照下さい。

被写体はメジャーと神奈川県観光協会のパンフレットで、フォーカスはパンフレットの「観光」という文字(=メジャーの「100」cmのところ=マッチ棒を置いてあるところ)に合わせています。
室内に三脚をぶったてて、リモートスイッチでレリーズ。レリーズの度にマニュアルでフォーカスを無限遠にもっていきました。(撮影毎に無限遠からオートフォーカスさせるためです。)
中央だけでなく、左右のフォーカスフレームも使用。絞りは開放~F8まで振っています。

試写の様子
こんな感じで撮って、フォーカスが来ているかどうかを等倍で確認しています。(左下の黒い棒は三脚の脚です。)

17mmF2.8 怒濤の前ピン
この写真はフォーカスフレームは中央を使用し、ワイド端17mmの絞り開放で撮った結果なんですが、上のサムネイルをクリックして、等倍画像を見てみて下さい。怒濤の前ピンだから。(フォーカスは120cmくらいのところに来ていますね。おまけに全然シャープじゃねえし。)
実際にはこの他にもフォーカスフレーム、焦点距離、絞りを変えながらしらみつぶしに調べています。→全て同じ傾向(前ピンとふにゃらけシャープネス)でした。

ついでに、我が家にあるレンズもぜ~んぶ試してみたんですけど、こちらはどれもジャスピン。
キャノン(単焦点L2本、単焦点2本)やタムロンSPレンズ2本(A09、A272E)はもちろん、我が家きっての安物高倍率ズームであるタムロン28-200mm(A031)だって、どの焦点距離でも被写体との距離に関係なくみんなジャスピン。

タムロン28-200mm
こちらはタムロン28-200mm。超安物レンズだってのに、見事にフォーカスが来ています。
-----------------------------------------------------

こんな妙なことに悩まされてんのって、このレンズだけだっての!
シグマのレンズってみんなこうなの?

ここで私は声を大にして言いたい。
「シグマはいったい何を調整したのでしょうか!」(怒、怒、怒!)
でたらめな出荷基準もそうなんですが、これだけピントのずれまくってるレンズを「調整しました」ってユーザーに渡すその神経が理解できません。この会社の”調整”って何なのさ!

このレンズを再調整に出すかどうかはまだ決めていません。だって、調整に出すなんて、ただそれだけでも鬱陶しくて面倒くさいから。(超広角の面白みにまだ気づいてないから、私にとってそれほどの緊急性もないのです。)ネットを徘徊すると、私と同じ問題に苦しんでいる人も結構いるみたいです。てことは、もしかするとこのレンズの設計自体がダメってこと?

たった一回の調整がうまくいかなからって全てを決め付けるななどと言われるでしょうけど、私は遠慮なく決め付けます。
この会社が自社商品に愛情を持っているとは思えない。シグマほどどうしようもない会社はない。
俺様にこんな面倒っちい試験までさせやがって!真剣にモノ作りをしていないこんな糞会社の商品はもう金輪際買わない。
ユーザーをコケにしやがって。ふざけんな!

  1. 2008/01/21(月) 19:11:29|
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1-5.停車

30秒以上停車することが見込まれる場合はエンジンを止めてください。面倒でなければ”20秒以上”でもいいです。


<我流解説>

ここで触れるのは、いわゆる”アイドリングストップ”です。

アイドリングでガソリンをどの程度消費するものなのでしょうか。これはもちろん車によって異なってきますが、大雑把に申し上げますと1分間にだいたい10~15mlくらいです。アイドリングストップとはこの停車時の燃料消費を節約するためにエンジンを止めるわけですが、エンジンを止めたら止めたで、今度はエンジンをかけるのに余計なガソリンが必要になってきます。エンジンをかけるのに必要なガソリンは、どのような車も大差なく3~5mlといったところです。これはアイドリングの時間に換算すると15~20秒くらいに相当します。これにちょっと余裕を見て、まあだいたい30秒もみればエンジンを止めた方が確実にお得ということになるのです。(もちろん、面倒でなければ20秒でも構いません。)

30秒以上停車することがどれくらいあるのか、今度ドライブした際にでも確認してみてください。郊外などではさほどでもありませんが、街乗りともなると思ったよりずっと多いことに驚かれるかと存じます。普通に信号に引っかかったのが5回あって平均1分停車×5。渋滞で大通りの信号に3回引っかかった=2分停車×3。前にいるババアの車がトロくさかったとばっちりで信号待ち2分停車。大型車が信号をトロトロ右折してるもんだから結局信号待ちの2分停車。・・・・・こんなことって結構ありますよね?そこですかさずエンジン停止。上記10回のアイドリングストップで、もうガソリン0.2リットル近くが節約できます。街中を10km走行して上記のことが起こったとすると、これだけのことで燃費8.5km/Lの車が10km/Lくらいになるわけです。この事実を知ったが最後、今までムカついてムカついてしょうがなかった運転ド下手ババアの存在が、あまり気にならなくなること請け合いです。また、エンジンを止めたときのオーディオの音って、ビックリするくらいよくなります。アイドリングストップってのはこうした副次的効果も大きいですね。

ともかく、特に街乗りでの燃費向上には何よりもアイドリングストップ。これが非常に効果的なことを心に留めおきください。

尚、停車時にエンジンを止めずにギアをN(ニュートラル)に入れる人がいます。その方がD(ドライブ)よりも燃料消費量を抑えられるから、ということなんですが、これは理屈としては確かに正しいです。燃料消費量は確実に減る。でも、その効果はわずか2ml/min前後に過ぎません。1分間でたったの2ml、たとえ10分続けても20ml(0.02リットル)しか差が出ないわけで、その代わりと言ってはなんですが、僅かではあれきっちりとミッション系にショックを与えています。Nに入れる癖のついた人の所有する車は、Dに入れたときにガクッとしたショックが出やすくなる傾向もあり(これはきちんとデータを取って証明したわけではありませんが、経験的に判断して正しい認識だと思います)、得るものよりも失うものの方が遥かに大きいような気がします。よって、これは私見に過ぎませんが、停まる度にNに入れるなどやめておいた方が無難だと考えております。

  1. 2008/01/20(日) 22:44:09|
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クラシック音楽とは

そろそろサッカー、写真、車だけの書き込みを続けるのも飽きてまいりましたので(もう?)、これは単なる気まぐれなんですが、今日から”クラシック音楽”というカテゴリーを立ち上げます。その昔に管理していたHPからのコピペも多くなりますが、昔からお付き合いいただいている方々、もしそれに気づいても見て見ぬフリをお願いします。

さて、クラシック音楽と一口に言っても様々なジャンルがあります。が、ここでは管弦楽、言い換えればオーケストラが奏でる音楽について触れていくことにします。

私のクラシック音楽(管弦楽)鑑賞歴はシンフォニー、それも後期ロマン派に偏っています。バッハ、モーツァルト、ベートーヴェンといった中学校の音楽の授業で聞かされる超退屈な奴らはつまらないのでほとんど聴きませんし、聴いていても必ず寝てしまいます。それはなぜか?

それはね、これら古典派と呼ばれるカテゴリーの音楽が宮廷音楽だからです。貴族に媚を売るへなちょこ音楽なのです。その証拠に、古典派のクラシック音楽からは宗教がかった全体主義の匂いがプンプンするでしょう。

「いや、それは違う。モーツァルトはその宮廷音楽に大衆性を持ち込んだ偉大な作曲家だ。」

世の中に数多く寄生しているモーツァルト信者はこう反論します。でもそんなのは戯言に過ぎません。モーツァルトが単に”宮廷の浜崎あゆみ”とか”貴族の宇多田ヒカル”だったってだけのことです。こんな音楽流してるとスピーカーが腐りますので、私は聴きません。

クラシック音楽を聴かない人々に植え付けられたクラシック音楽のイメージ。

”妙に取り澄ました”、”つまんない”、”インパクトのない”、”眠たい”音楽。

これはほとんど古典派(上の3人)から来ています。こんな極めつけの年寄りミュージックを物心ついたばかりの中学生に聞かせてしまったらクラシック嫌いになるに決まってると思うのですが・・・。教育要綱を作った官僚よ、出てこい!
って、それはともかく、こういうやつらの音楽をクラシックなどと勘違いしてもらっては困ります。(って、別に私は一向に困りはしませんが)

私が聴くのは後期ロマン派以降。最も古い人でブラームス。以下、ブルックナー、マーラー、ストラヴィンスキー、ショスタコーヴィチ、バルトークあたりが主流です。ここ7~8年はワーグナー(オペラですが)なんかも聴くようになってきています。この中でもっともよく聴く作曲家はマーラーとショスタコーヴィチです。そしてこれが、これこそが本物のクラシック音楽というものだと声を大にして主張したい!(しとるやんけ)

何事もそうなのですが、物事の本質というものは常に進化を遂げるという普遍の真理があります。現代社会において縦穴式住居には住めないんですね。音楽だって同じです。クラッシクの直訳でもある”古典”派の音楽は、もはや今の人間には受け入れられない代物なのであり、人類にとっては過去の遺物、遺跡みたいな意味しかないのです。

別の角度から例証すると、歴史博物館で感心するのが古典派とするなら、美術館で感動するのが後期ロマン派と言えます。「芸術というものは感動するためにあるのであり、感心するためではない」なんてことはもはや言うまでもないことだと思っているのですが、何か私、間違ってますか?

  1. 2008/01/19(土) 23:38:57|
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EF300mmF4L IS USM

このレンズを購入したのは日本に帰国して2年程が経過した頃、今から3年近く前のことです。当時の使用カメラはキスデジで、ちょうど200mm単焦点(キスデジでは320mm相当)に1.4xのエクステンダーを装着し(448mm相当)、Jリーグの試合の撮影にハマッていた時期です。撮影の本拠地は客席とピッチとの距離が日本一離れていることで有名な日産スタジアムで、このバカでかいスタジアムでは448mmでも焦点距離が足りないと思うことがしばしばありました。そこでこの望遠レンズに目が向いたわけです。このレンズを使えば最初から480mm相当の望遠レンズとして機能しますし、エクステンダーを装着すれば672mm相当となりますから、これなら長さ的にも十分だと考えられましたから。

購入してすぐにこのレンズを携え、喜び勇んで日産スタジアムへと足を運びました。
ところがこれがどうにも冴えないのです。
パープルフリンジは出るし、解像度についても、
「これって本当にLレンズなの?」
そう思いたくなるような、なんだかちょっとふにゃらけた画像なんです。

300ふにゃらけ
2005年10月1日 日産スタジアム, キスデジ, 1/1000秒 F8 ISO400 ISオン, トリミング

とにかく、Lレンズと言えば200mmしか経験したことのなかった私は、Lレンズの描写というのは200mmと同レベルだと信じ込んでおりましたので、原因は300mmについている旧タイプISの不具合ではないか、などと考え、それならISを切って撮影してみようととばかりに一脚と自由雲台を買い増し、再び日産スタジアムでの撮影へと赴きました。

でも結果は同じでした。200mmのようなべらぼうな切れ味が今ひとつ足りないまま。
「大枚10数万円もかけて購入したレンズがこれかよ。」
猛烈な脱力感に苛まれました。
かといって、このレンズをまさか捨てちゃうわけにも行きませんし、せっかく購入したのだから何とか使いこなしたいという一心で、その後も何かといってはこのレンズを持ち出し、ありゃこりゃ条件を変えてみて撮影を続けました。それによって「F8まで絞れば画質はある程度は向上する」などといった細かい知見が得られたりもしましたが、一旦心の中にポッカリと明いてしまった穴が完全にふさがることはなかったのです。

実はEF50mmやEF85mmでも同じ傾向がありました。
銀塩(フルサイズ)であれだけワクワクするような描写を見せていたこれらの単焦点レンズが、キスデジでは平凡なレンズに成り下がっちゃったかのような感があったのです。当時はこれがセンサーサイズからくるものという認識がありませんでしたし、200mmの方はキスデジでもすばらしい写りを見せておりましたので、いつしかそれがこの両単焦点レンズの力量だと考えるようになってしまいました。

話を300mmに戻しますが、結局300mmを使い込んでいくに従って、その力量はLレンズでも低位置にあるようだとの意識が私を支配するようになっていったのです。そして、Jリーグの望遠撮影の主力レンズはいつしかまた200mmへと戻っていきました。

それからまた数ヶ月が経過し、5Dを購入。これにより300mmは見事に生き返りました。いや、このレンズばかりでなく50mmも85mmも併せて生き返ったわけですが、この一連の画質の関係がAPS-Cとフルサイズとの差から来ると認識できるようになったのは、それよりもずっと後のことになります。

300しっかり
2006年3月11日 平塚総合競技場, EOS 5D, 1/1250秒 F5.6 ISO100 IS/on, トリミング

以降、このレンズに不満はありません。5Dとの組み合わせで200mmと見まごうばかりの文句のない描写力を発揮し、我が家の新たなLレンズとして今では200mmを遥かに越える出動頻度となっています。

「画質というものはピクセルの面積に大きく依存する。」
「この”受光面積”という物理量を補って余りあるような革新的な技術的ブレークスルーでもない限り、5Dの後継機に過大な期待を抱いても無駄。」
「カメラはAPS-Cのままでレンズにいくら投資をしても片手落ち。レンズの能力を引き出したいならカメラへの投資も必要。」

特に私が画素数(てか、ドットピッチ)に重点を置いてデジタル一眼レフカメラを評価するのは、この経験から来ているのです。

  1. 2008/01/18(金) 21:04:29|
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1-4.減速

燃費を追求する上で、最も効果が現れやすいのが”減速”です。また、最も奥深いのも”減速”です。減速の仕方によって燃費は2~3km/Lくらいは平気で変わってきます。が、その運用はそれほど単純なものではありません。
大げさな書き方をするなら、「エコ減速の成果は運転技術だけでなく状況判断力までをも含む総合力で決まる」と言えるのですが、その後ろに横たわっている大原則があります。それは、「同じ減速なら、エンジンブレーキのかかる時間が最も長くなるように減速する」というものです。


<我流解説>

まずはエンジンブレーキ(以下「エンブレ」)について理解しましょう。

時速40kmくらいで走りながら、シフトレバーを操作して2速に入れて足をアクセルから離してみてください。アクセルオフにした途端制動感が感じられ、車速がグングン下がっていくでしょう。これがエンブレのかかった状態です。このときのギアは2速につながったままで、エンジンへのガソリン供給がストップされています。(以下、これを「燃料カット」と呼ぶことにします。)
そしてそのままアクセルもブレーキも踏まずに放置しておくと、突然その制動感が失われます(時速10~20kmくらいでしょうか)。エンブレをかけたまま減速していくと、いずれ車が止まってエンストを起こしてしまいますので、エンジンの回転数が1,000回転近くまで落ちたところで、エンジンとタイヤとの結合が切り離され(と言っても、実は数%つながっていますが)、エンジンへのガソリン供給が再開されるのです。これは自転車をこがずにただの惰性で進んでいるのとほとんど同じ状態と言えます。(これを今後は「滑走」と呼びましょう。)

このエンブレが滑走に変わる速度は、例えば「ウチの車(4速AT)は4速45km/h、3速30km/h、2速15km/h、1速5km/h」などというように、車によって、はたまたギアによって決まっています。この値は大雑把にでも掴んでおいた方がより綿密な燃料カットができるようになりますので、せめて自分の運転する車がどうなのかだけは、ぜひ知っておいてください。

さて、停車までのエンブレやり方ですが、簡単です。例えば上の例で挙げた「4速45km/h、3速30km/h、2速15km/h、1速5km/h」という4速ATの車を例に取って説明してみましょう。

まず、4速50km/hで定速走行しているとします。そこでアクセルを離すとエンブレがはじまります。このままですと45km/hになった時点でエンブレが解けて滑走が始まってしまいますので、その直前、車速が46~47km/hに落ちてきた段階でシフトレバーを操作しギアを3速に落とします。次に、また車速が31~32km/hくらいまで落ちてきたところでギアを2速に、更には車速が16~17km/hくらいで1速に、という具合に、滑走開始直前のタイミングで順次シフトダウンしていきます。そして、ついには時速が5km/h以下になって滑走となったところで初めてフットブレーキを踏んで停車する。これが上で述べた「エンジンブレーキのかかる時間が最も長くなるように減速する」の理想的な実践法ということになります。

ただ、実際の路上ではこれがそのまま使えません。例えば街中で走行中に前方の信号が赤になったからといって、4速から順次エンブレをかけて・・・なんて悠長なことをしていたら、おそらく2~3速のギアでエンブレをかけているあたりで前の車に激突してしまいます。街中では信号も多い上に車間距離もさほど取れないので、悠長にエンブレをかけているだけの余裕があまりないのです。(停車位置までの距離が短い)

こうした場合、フットブレーキを併用します。車というものはアクセルを踏まない限り、燃料噴射量はアイドリング状態に近いレベル(滑走時)か燃料カット(エンブレ時)かのいずれかです。よって、どうせもうアクセルは踏まないのですから、このうちの「エンジンブレーキのかかる時間が最も長くなるように減速する」という原理原則を実践に移せば、それだけ消費燃料は少なくてすむわけです。

具体的にはこのようにします。

当たり前のことですが、同じ距離を移動するなら、高速よりも低速の方が移動時間は長くかかります。即ち、車速が高い状態よりも低速でエンブレをかけた方が、結果的にエンブレの時間が長くなるわけです。よって、街中で余裕がないような場合は、ギアを落としてエンブレをかけながらフットブレーキを強めに踏み込みます。するとその間、車は両ブレーキによってグングン車速を落としていくでしょう。そして、そのままフットブレーキとエンブレを併用しながら、車が停車すると想定される位置までエンブレだけで止まれるという速度まで落ちたとき、フットブレーキを離してやります。あとは、上で述べた理想的なエンブレの実践法を実施するだけです。

実際には「車が停車想定位置までエンブレだけで止まれるという速度まで落ちたとき」をいかに正確に見極めるかが勝負の分かれ目です。最初はその見極めが早すぎたり遅すぎたりするのが当たり前で、これをちゃんと実践できるようになるためには繰り返しのトレーニングが必要です。ただ、1回のドライブで停車する機会など何十回とありますので、練習の機会には事欠きません。それに、何よりもこれ、面白いです。ドンピシャでうまく行ったときなど「よっしゃ!」と叫びたくなります。(って、ちょっと大げさですが。)ぜひ楽しみながら修練を積んでください。

逆に、夜間の郊外の一本道などでは、はるかかなたにある信号が黄色→赤と変わったからといって、いきなりエンブレをかけて理想的な減速を実行し始めたりすると、結果として信号よりずっと手前で停止してしまう羽目に陥ります。エコ運転手を自称する以上、まさか停車することが分かっているのにアクセルを踏むわけにも参りませんので(?)、そうした場合は慌てず騒がず、滑走を利用します。

まずはとるものもとりあえずアクセルから足を離してエンブレを開始します。これをそのままにしておくと、いずれエンブレから滑走に移行しますが、停車位置までエンブレをかけ続けて丁度よく止まれる距離になるまで、シフトダウンはせずに滑走するに任せるのです。距離が大きい場合は、もしかするとエンブレなしで滑走だけで停車位置まで来てしまうかもしれません。が、それはそれで構いません。それが最も燃費を抑える方法なのですから。

こちらも、この「停車位置までエンブレをかけ続けて丁度よく止まれる距離」を正確に見極めることが結構難しいのですが、こればかりは訓練をつむしかありません。そしてその訓練は上と同様に大変面白いものなので、楽しみながら身につけていってください。


-------------------------<ちょっと脱線>------------------------------
減速を理想に近づけるために、定速走行の段階で気をつけておくべきことがいくつかあります。

まず、可能な限り車間をとることです。前の車にくっついて走ると、減速時にはその挙動に左右されるばかりとなり、エンブレをかけたり滑走したりすることができなくなったりします。常識の範囲内でなるべく車間距離をとるよう心がけてください。

また、”定速走行”よりも”減速”を優先的に考えてください。これはどういうことかと申しますと、減速を理想に近づけることを定速走行段階から意識して欲しいということです。例えば次のケースのように、定速走行上で多少不利になろうとも減速で有利であるならば、その運転法を優先的に行うようにしてください。

50km/hでの定速走行というのはあくまでも理想的なもので、周辺の交通状況によって、引いてはエンブレをかけられる時間の長短によって、とるべき速度は変わってきます。例えば、「50km/hではエンブレを満足にかけられずにフットブレーキを踏みまくる事態になるけれど、40km/hで定速走行していれば車間も得られてそれなりのエンブレ時間を稼ぐことができる」といった状況に直面することって、実際の運転ではよくあることです。前者では40km/hを50km/hまで引き上げるために余計なガソリンが必要となる上に、肝心なエンブレすら満足にできないわけです。一方の後者は、定速走行の速度がやや遅めの40km/hであるため、定速走行時には50km/hで巡航するよりも距離あたりのガソリンをわずか余計に消費しますが、40km/hを50km/hまで引き上げるのに必要な燃料消費がなくなりますし、エンブレの間はちゃんと燃料カットされる。このどちらがお得かというと、これはもう圧倒的に後者です。”減速”が理想から遠ざかる(エンブレができない、フットブレーキを踏んでしまう)という状況は、燃費追求のエコ運転において致命的なことなのです。これを肝に銘じて、「何をおいても”エコ減速”優先」を貫いてください。
-------------------------------------------------------------------

ついでに、もう一段高度な対応についても触れておきます。

例えば、45km/hでオーバードライブに入る車で、42km/h(3速)で走っていたとします。そのとき、はるかかなたにある信号が黄色→赤と変わりました。このままアクセルを離し、3速滑走のまま減速して行ったら滑走距離が足りずに信号の手前で止まってしまいそうです。さて、そのような場合、あなたならどうしますか?

「3速滑走で何とか信号まで届くというポイントまで、42km/h(3速)のまま定速走行を続ける。」

これは誰もが考える方法です。ただ、癪に障るのは、止まることが分かっているのにアクセルを踏み続けなければならないところ。これを回避する方法はないのでしょうか。

あります。「マニュアルでギアをオーバードライブにぶち込む」のです。

一般に、同じ滑走をするにしても、高速ギアの方がより減速しません。この性質を利用します。
これまで述べてきた通り、停車位置までの距離が短いことの多い減速では、滑走やエンブレを利用すべくシフトダウンしていくのが通常ですが、このような距離がありすぎるケースでは逆にシフトアップできるところまでシフトアップしていきます。その方が滑走距離が伸びるからです。

シフトダウンのみならず、シフトアップまでをもマスターして初めて「エコ減速を極めた」ということができそうです。よろしくご精進ください。

  1. 2008/01/17(木) 21:26:01|
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コーチ

ゆたろの野球のときもこたろのサッカーを見ててもそうなんですが、それぞれのチームには私にとって超人としか思えないような方々がいらっしゃいます。それは各チームのコーチたちです。

とにかく彼らは子供たちを毎週毎週毎週毎週毎週毎週毎週毎週毎週毎週毎週毎週毎週毎週ず~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っと、暇さえあれば指導し続けてくれるんですよ。そりゃもちろん、本人たちがそれを好きだってことも多少はあるんでしょうけど、それにしたって毎週毎週毎週毎週毎週毎週毎週毎週毎週毎週毎週毎週毎週毎週ず~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っとなんですからね。平日は仕事に追われて休みたいと思うことも多々あるでしょうに。にもかかわらず、休日になると毎週毎週毎週・・・ってもういいか、とにかくずっと欠かさず子供の相手をしてくれるんですから、これはもう生半可な人間にできることではないです。コーチの方々にはひたすら感謝するのみで、彼らにはもう頭が上がりません。

といっても、ワガママな私は人並みに自分の休みってものが欲しいので「私も毎週お手伝いします」などと言い出す勇気もありません。へなちょこで申し訳ありません。でも、何か人手が必要なときには極力対応させていただきますので、ご遠慮なくお申し付けください。

このブログがコーチたちの目に触れることは金輪際ないと思いますが、面と向かって申し上げるのもなんだか面映いので、日ごろの感謝の気持ちをここに記します。いつもいつも、本当にありがとうございます。今後とも、よろしくお願い申し上げます。

  1. 2008/01/16(水) 22:25:26|
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EF85mmF1.8 USM

大昔に購入した我が家の単焦点御三家の最後の一本、それがこの85mmF1.8です。50mmとさほど時期をずらさずして購入しました。

この中望遠レンズ85mmも、50mmと同様、すばらしい描写を見せます。そのすごさたるや、このレンズを購入して以降、銀塩EOS 5とセットで購入したズームレンズEF28-105mmF3.5-5.6を一切使わなくなったほどのもの。その後、ことある毎に「ズームなんか不要である」と公言し続け、5年後にはついにこのズームレンズを友人に売却することになっちゃったくらいです。

余談ですが、銀塩を単焦点で撮り始めてキスデジを購入するまでの10数年の間、私の所有するレンズは、実質的に50mm、85mm、200mmの単焦点レンズ3本でした。これとは別にコンタックスT2という高級コンパクトカメラ(レンズはカールツァイス38mm)を使用しておりましたので、これも合わせると広角から望遠をカバーする単焦点4本で特段の不便さ、不自由さを感じることなく10年以上を過ごしたことになります。

このように、長年かけて単焦点ばかり使い倒してきましたが、その副作用(?)として、同じ焦点距離で同じ絞り値でも、ズームと単焦点とでは被写界深度が違うような感覚が醸成されました。理論的にはあり得ないことですが、なんだかどう見ても単焦点の方が被写界深度が浅い、というか、ピントのあっている範囲が狭く感じるのです。

どんな写真でも本当に合焦しているのは実は一点だけで、絞り値による程度の差こそあれ、そこから外れたら外れただけ画像はボケていくはずですよね?それが、単焦点の方が解像力に優れているため、合焦した一点はめちゃんこシャープに写り、そこから距離が離れるに従って少しずつきれいにボケていく。微妙なボケも激しいボケも忠実に再現していく。一方のズームの方はその辺があやふやで、ピントの合った一点がシャープさに欠ける反面、僅かなボケなどは認識しにくく、人間のあやふやな視力ではその辺をひっくるめて合焦していると錯覚して・・・・

なんだか科学的論理に欠けた極めて自分勝手な解釈ですが、いまだにこれ、信じちゃってます。

さて、このレンズも50mmF1.4と同じく球面ガラスレンズ群で構成されております。よって、持っている弱点も50mmと同じ。絞りを開けると色収差が出ます。その程度は50mmほど酷くはありませんが、やはりコントラストの激しいところでは色収差が出やすくなりますので、その懸念がある場合は、絞りをどんなに開けてもF2.5くらいまでにとどめています。

このレンズを使って何を撮るかについてですが、昔はやはり子供のポートレートばかり撮っていました。特に子供に動きが出てきてからは、この85mmや200mmを持ち出して屋外へと出かける頻度が自然と増え、特にごく近所の公園で遊んだりちょっと散歩をするようなときには、200mmではなく85mmを使うのが常でした。

月日は流れてキスデジを経て5Dを手にした今、あの美しい85mmの写真を楽しめるハード的な条件がまた揃ったのですが、子供達も大きくなり、正直この85mmF1.8を使って何を撮っていいものやら分からなくなっています。とはいえ、たまにはレンズに光を通してやらないとカビちゃうかもしれませんので、カビ対策としてたまに持ち出してはホントどうでもいいような写真を撮っておりますが・・・

85mmF1.8開放
2006年11月3日 さえずりの丘, EOS 5D, 1/5000秒 F1.8開放 ISO100, 35%縮小

とにかくこのレンズの使途に飢えています。どなたかご助言願えないでしょうか。

  1. 2008/01/15(火) 00:06:19|
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1-3.定速走行

車が十分な速度に達したと判断されたら加速を止め、アクセルを微妙に踏み続けながらその速度を維持します。最も効率的な車速は、ズバリ50km/hでしょう。(丸尾君風)


<我流解説>

最も燃費効率のいい車速、それはどんな車も大差なく、ギアをオーバードライブ(4速ATなら4速、5速ATなら5速、6速ATなら6速)に入れた状態で40~60km/hくらいのところにあります。排気量の小さい車ならまあだいたい40~50km/h、中くらいの車で45~55km/h、排気量の大きい車になると50~60km/hくらいで巡航し続ければ、ビックリしちゃうような燃費が記録されるわけです。

ちなみに、一定速度以上で走らなければならない高速道路でもこれの条件は同じです。ただ、例えば東名高速道路を法令上の最低速度50km/hなどで走っていると周りがめちゃんこ迷惑しますので、よほど厚顔無恥な人でない限りはこれは実質不可能です。よって、周りの交通状況からギリギリ許されるであろう最も遅い速度、即ち80km/h程度で巡航するのが現実にマッチした対応といえましょう。

その走り方ですが、アクセルを極力一定量踏むことを心がけます。オーバードライブでの50km/h維持となりますと、エンジンの回転数も1,500回転を切るような低いレベルになりますし、実際にここでアクセルを踏む量はホント、踏んでんだか踏んでないんだか自分でもよく分からないってくらいの微妙なレベルです。これをマスターすることは意外に難しく、また、道路って平坦なように見えても微妙に上下したりしておりますので、実際に車速を維持しているつもりでもいつの間にか加速してたり減速してたりしてしまいがちになります。この車速維持を頭ではなく感覚的にできるようになるまで修練を積んでください。これが無意識のうちにできるようになる頃には、燃費は間違いなくそれだけ向上していますから。

以下、ちょっと高度な話を補足します。

「効率的な車速が50km/h(40-60km/h)」ということに違和感を感じる方がいらっしゃるかと存じます。具体的には「もうちょっと速い速度ではないか」「最も効率的なのは70~80km/hなのでは?」等々、実際にこうしたご意見を耳にしたこともありますし、誰よりも私自身が一時期はそう思っておりました。

どの車にもアクセルと速度とが絶妙にバランスするスイートスポットみたいなギア&車速があります。例えば私の車ではこれが4速オーバードライブで75km/hあたりのところにあり、これにはまりますと瞬間燃費が17~18km/hくらいの値で安定します。この状態は道路のちょっとしたアップダウンで比較的簡単に崩壊しますので長続きはしませんが、これまで微妙に上下し続けていた”瞬間燃費”が高いところでピタッと止まりますし、郊外などを走っているとこれがまた結構な頻度で起こりますので、特に印象として残ります。

一方、私の車で最も燃費がいいと判断される55km/hくらいの速度では、瞬間燃費は滅多に安定しません。4速で55km/hだとアクセルのレスポンス自体が非常に悪くなるため、車速一定を心がけていると無意識のうちにアクセルを微妙に踏んだり離したりすることが多くなる。そして燃費が悪くなる。燃費は道路の僅かなアップダウンにも敏感に左右されるからです。実際、道路が微妙に下っているだけで、瞬間燃費は30km/Lを簡単に超えたりしますし、その反面、見た目では分からない程度に道路がほんの少し上っているというだけで、いつの間にか瞬間燃費が10km/Lくらいに落ち込んでいたりします。更に、通常55km/hで巡行できるのは街中であり、すぐに減速を強いられることが多いため、実際に一定速度で走れる距離というのは大変短いもの。結局、低い速度から55km/hに持っていこうとする頻度が高くなり、増速のためにあたかも瞬間燃費が低いように印象付けられることが多いのです。

何が真実なのか今ひとつ自信のなかった私は、ある夜車を持ち出して、2km程度の直線平坦路をそれぞれの速度で3往復ずつして確かめました。で、結論。やはり55km/hの方が燃費がいい。実験で理屈を追試できたことによって、ようやく納得した次第です。

ただし、そこに大した差はありません。75km/hで17km/Lだった瞬間燃費が、55km/hだと20km/Lになるくらいです。「3km/Lも差があるじゃねえか」とお思いになられるかもしれませんが、この「55km/hだと20km/L」って超不安定なんですよ。55km/hという低速(MPVでせいぜい1,200回転強といったところです)だとアクセルを踏んでもなかなか加速しませんから、微妙な上りで結構な頻度、必要以上にアクセルを踏んでしまったりなんかします。すると、この関係はいとも簡単に逆転してしまう。即ち、55km/hで高燃費をたたき出すには技術が必要というわけでして、言い換えると、この「最も効率的な車速での定速走行」というのは案外難しいのです。

この辺の微妙なアクセルワークを習得するには「燃費計」が必須です。燃費計の効果についてはそのうち詳述いたしますが、”瞬間燃費”を横目でにらみながら、同時に表示させている”燃料噴射量”をなるべく低く抑えて運転する。繰り返しの修練によってその癖をつける。この辺のギリギリの技術を習得するためには、燃費計を購入する以外にありません。燃費計なしのブラインド状態でこれをマスターすることは、普通の人間には不可能だと思います。

  1. 2008/01/14(月) 10:43:45|
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三ツ沢球技場

横浜のもう一つのプロサッカーチーム、弱浜えふし~。じゃなくて横浜FC。こちらの試合は主に三ツ沢球技場を拠点に行われています。

私はこのチームのサポーターでもなんでもないんですが、2005年のシーズン中は彼らの試合を見によく三ツ沢まで出かけていました。その理由はいろいろあるんですけど、

 > サッカーの生観戦が好き
 > J2も含めたJリーグの全チームをこの目で直に見ておきたい
 > 横浜FCの試合はいつも空いていて快適
 > タダ券が手に入りやすい
 > ピッチが近くて見やすいし、写真撮影も容易

等々といったことが挙げられるでしょうか。

特によかったのは販売席種の席割です。当時の横浜FCは三ツ沢球技場に二種類の席種しか用意しておらず、メインスタンドは全部S自由席、それ以外はゴール裏もバックスタンドも全部A自由席という超大雑把な席割を採用していました。おまけに、詰め込めば15,000人収容可能な三ツ沢なんですが、横浜FCの試合はアウェーサポをあわせても3,000人くらいしか客が集まりませんでしたので、どこへ行こうがそれほど混んでいない。というか、ぶっちゃけガラガラ。従いまして、開幕当初の春先はタダで手に入れたA自由席券で入場し(会員となったこたろを同伴)、バックスタンドのセンターライン延長線上の特等席で観戦。あわせて写真撮影も行っておりました。

それが、観戦を重ねるにつれ、昼から始まる試合前半は斜光だったのが、試合後半ともなるとほとんど逆光に近い状態なることが気になってきました。もともとJ2の選手にそれほど興味がなかったこともあって、バクスタど真ん中の席に未練などありませんでしたので、暑苦しいバクスタを離れ、試合中はずっと順光の得られるアウェー側ゴール裏へと移ったのです。

アウェー側ゴール裏には背もたれのある特等席があって、そこに座るのが定番となりました。メインスタンド寄りの最後列なんですが、そこはその辺一帯の球場の壁が観客席にせり出した形になっていて、その壁が背もたれとなるわけです。これが観戦時の日よけにもなって、春から夏にかけての暑い時期、三ツ沢で最も快適な席を見つけたと一人ほくそえんでいました。

当たり前のことですが、アウェー側はアウェーチームのサポが陣取っています。ただ、どのチームもバクスタ側のコーナーに寄って固まる傾向にありましたので、私の特等席がアウェーサポに侵食されることは滅多にありませんでした(実際、仙台と京都には侵食されましたので、そのときはバクスタ観戦)。ぶっちゃけ、座席はガラガラだったし、写真も撮り放題でした。

結局、2005年のシーズンは、三ツ沢で横浜FCの試合を15試合くらい観戦しました。当時のJ2のホームゲームは各チーム年間22試合でしたから、サポでもなんでもないのにこれはもうものすごい観戦率です。であるにもかかわらず、私は結局このチームを好きになれませんでした。なぜなら、・・・・・へたくそなんですよ、サッカーが。もうちょっと簡単に言うと”バカ”なんです。

当時このチームの指揮を執っていたのは足達という監督だったんですけど、この監督の選手起用というものが、私の目から見てもまるっきりのデタラメなんです。(いいところもあったんでしょうが、そういうのは素人の私には見えない。)観戦当初は横浜FCに関する情報も皆無で、何が何だかさっぱりわかっていなかったんですけど、さすがに15試合も生で見ていると、チームの選手はもちろん、その特徴までもが分かるようになってきました。そんなとき、「え~~~~っ!」と思わず驚きの叫びを上げてしまうような、ハチャメチャな選手起用が何度か行われたのです。左を得意としてよく機能していた選手を試合途中で突然右に移す、とか、調子の悪い選手はそのままにして、調子のいい選手に限って交代する、とか、まるでわざと負けるために行っているとしか思えないような采配を振るったりするわけです。それを目の当たりにしているはずの数少ないサポーターたちも、そこに文句をたれるわけでもなく、ただひたすらサポソンをがなり立てているだけ。

「こいつら、アホか!」

なんだかとってもうんざりしました。仲間になるには考え方が違いすぎると思われたのです。

そして年が明け、開幕初戦で足達監督が解任されました。当たり前です。遅すぎです。
でも、その後チームは立て直し、見事にJ2で優勝したのはご承知のとおりです。

私はというと、その年の観戦数は激減。一年でたったの3試合しか行きませんでした。その主な理由は「席割が4種類になっちゃったから」。その年に用意された席種は、メイン、バクスタ、ホーム側ゴール裏、そしてアウェー側ゴール裏の4種類だったのです。

私の特等席に陣取るためには、”アウェー側ゴール裏自由席”という券で入場する以外にありません。でも、アウェー側ゴール裏のタダ券なんて誰も提供してくれませんので(そんなもん、そもそも存在しない)、早々にこの席は断念せざるを得ませんでした。直射日光の直撃を受けるクソ暑いホーム側ゴール裏で阿呆に囲まれながら観戦する気もサラサラありませんでしたので、ホームゴール裏のタダ券があっても使うことはない。私が観戦に行くのはメインかバクスタのタダ券を手に入れたときに限られたのです。

そんなわけで、2006年に行ったのは年間僅か3試合だけという結果になりました。でも、幸運にもJ1昇格のお祝いムードに包まれる最終戦に参戦することができました。横浜FCのために三ツ沢が一杯になる(といっても、空席もちょっとあったけど)のを見るのは初めてです。こんなこと、もう二度とないでしょう。貴重な経験をさせていただきました。
ついでに言うと、友人から借りていたEF70-200mmF4Lの試写もしました。慣れた環境での撮影でしたから、冷静にこのレンズの力量をつかむことが出来ました。

横浜FC昇格祝い
2006年12月2日 三ツ沢球技場, EOS 5D, 87mm, 1/320秒 F8 ISO400, 21%縮小

このように、なんだか妙な感慨のある三ツ沢球技場ですが、ここはF・マリノスのホームでもありますし、Fマリの試合も数試合見に行きましたんで、あのピッチとの距離感やスタンドの一体感など、このスタジアム自体は好きなんですよ。本当は日産スタジアムなんかより、ここを拡張して試合数を増やしていただけるとうれしいんですけど、・・・・物理的に無理かな?

  1. 2008/01/13(日) 19:22:43|
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EF50mmF1.4 USM

EF200mmF2.8Lに引き続き、我が家で2本目の単焦点となるこのレンズを購入したのは、ちょうどゆたろが生まれる直前、今から15年くらい前のことだったと記憶しています。今でこそこのレンズの出動頻度は激減しましたが、一時はこのレンズを使って撮りまくっておりました。その主な被写体は、赤ん坊のゆたろでした。

病院から帰ってきたばかりの生まれたてのゆたろ。まだ身体の機能が未熟極まりない新生児に対してストロボ撮影などとんでもない!といわれていたため、薄暗い室内でかけがえのない(?)我が子を撮影するのに、この買って間もない明るい単焦点レンズ50mmを使用してみたのです。

すごかった。
ズームで撮ったときと写真が全然別物なんです。
「Lレンズでもなんでもないのに、単焦点というのはここまで写るのか!」
思わずそうつぶやいてしまったほどの圧倒的な描写力です。
そのあまりの衝撃から単焦点への信仰心が私の中に芽生えると同時に、このレンズが、室内、狭い場所、暗い場所における標準レンズと化していったのです。

で、そのうちにストロボ光のある方が写真はずっと美しくきれいに仕上がるという事実に抗しきれなくなり、いつしかゆたろの目への配慮などはどこかに飛んでいってしまって、結局ストロボを炊いて(一応、自作のディフューザーを使って減光はしましたけど)累計で百枚以上撮影してしまう運びとなりました。今のゆたろが大馬鹿なのはこのときの影響?・・・だとしたら、ゆたろ、ごめんよ。

ゆたろ赤ん坊
1993年12月21日 当時の自宅, 銀塩EOS 5, SS/F値不明 ISO100, フィルムスキャン & ノイズ除去

今ではこのレンズの弱点もしっかりと認識しています。さすがにLじゃないだけのことはあって、UDレンズも非球面レンズも使用していないただの球面生ガラスレンズ群により、開放付近では結構派手に色収差が出ます。よって、コントラストの強い被写体を絞りを開けて撮るのには向いておりません。

50mm開放 桜
2007年4月30日 いたち川, EOS 5D, 1/6400秒 F1.4 ISO100, トリミング(等倍)

ただ、あの開放F1.4におけるカミソリフォーカス写真、ぼけた部分が幻想的にすら見えるあの描写には一種独特の味があり、色収差などという弱点など霞んでしまうほどの魅力も併せ持っていることは理解しております。写真の上手な人が撮れば、その魅力が最大限に発揮されることは認めるにやぶさかではありません。ただ、私はこの描写特性を生かすだけの技量がまるっきりないことを自覚しておりますし、「色収差は色収差だ」というぶっきらぼうな凡人的解釈を完全に捨て去ることができないでおりますので、色収差が収まってくるF2.5くらいから使うことを常としています。

凡人は辛いッス。

  1. 2008/01/12(土) 22:25:47|
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1-2.加速

ブレーキペダルから足を外します。すると、車はクリープ現象で前に進み始めますが、出だしはなるべくクリープ現象に任せて(アクセルを踏まないで)ください。クリープ現象により得られる車速(せいぜい時速3~4kmでしょうけど)がピークを迎える直前くらいに、アクセルをジワッと微妙に踏みはじめます。これで車はゆっくりと速度を増していきます。そして、車速が10~15km/hを越えたあたりから、加速感を十分体感できる程度にまでアクセルをグングン踏み込んでいきます。これにあわせて車はスルスルと加速していきますが、巡行速度に達した段階でアクセルを踏むのをやめます。


<我流解説>

加速段階で最も燃費に影響を及ぼすのは出だしのアクセルワークです。

いわゆる「急発進・急加速」。いきなりアクセルをガバッと底まで踏み込んで過激な加速をしていくだけで100ml程度の燃料を余計に消費します。10回やれば1リットルものガソリンをそれだけで消費することになりますので、1リットル140円として1回14円ずつ損してるわけです。この急発進・急加速をしないというだけで燃料消費を抑えることができるのですが、どうせやるならもうワンランク上のレベルで消費量を抑えちゃいましょう。そのために、まずはクリープ現象を最大限に利用します。

ブレーキを外しただけで車がニョロニョロニョロっと前進し始めるAT車特有の現象「クリープ現象」、これについては皆さんご存知でしょうが、クリープ現象だけでそれなりの車速を得られるならば、燃費においてこれほど有利なことはありません。クリープ現象でどれだけの前進速度が得られるかは道のアップダウンに影響されます。道が下っていればそれなりに加速していくでしょうし、上っていれば停車したままかもしれません。気をつけていれば気づくことですが、その前進する程度は道のちょっとしたでこぼこにすら意外と影響されるものです。

ちなみに、この考えを推し進めていくと、実は停車の段階で気をつけておくべきことに気づきます。

「車を完全に停車する位置は、なるべく車(タイヤ)が前下がりの状態になるところに停車する。」

停車位置のちょっとした道の傾斜を読み、例えば前車のすぐ後ろが平坦でも、その2mくらい後方までは下り坂だった、なんて場合は、わざと車間を開けて下り坂に停車する、などといった工夫が必要になります。

話を戻しますが、クリープ現象により得られる車速には限界があります。アクセルを踏んでいないわけですから当たり前なのですが、そのスピードがピーク(時速3~4km程度?)に達すると思われる直前、アクセルをジワッと踏み始めます。これによって、クリープ現象で得られた加速をスムーズに引き継ぐことができます。

と言っても、スピードがピークに達するのはブレーキを外してせいぜい1~2秒程度です。クリープ現象そのものの燃費はよくはありませんので、この状態を引きずることなく、アクセルはとっとと踏み始めてください。

一般に発進から時速10~15kmに達するまでのアクセルコントロールが加速時の燃費を左右するといわれており、実際に燃費計をにらみながら何度も加速実験を繰り返せばそれが事実であることが簡単にわかります。(燃費計を購入された方は、様々な加速法を一度お試しください。)そのジワッと踏んだ状態のまま時速15kmを越えるまでは我慢してゆっくりとした加速を続けます。・・・って、こんなふうに書くと、ものすごく時間がかかるように思われるかもしれませんが、実際には燃費に無頓着な他の車の加速とそう大きくは変わりませんし、後のアクセルワークで簡単に取り戻せる程度の差です。(要するに、ここで言っているのは「急発進はするな」とほとんど同義と言えます。)

そして、時速15kmを越えたくらいからアクセルをグ~ッと踏み込んでいきます。

15km/h以降のアクセルワークはトータルの燃費にはあまり影響しません。そのままじっくり加速しようが、それなりの加速感を得ながら加速しようが、一定速度に達するまでのガソリンの消費量は大差ありません。ただ、いくらあまり影響しないとはいっても、ここで急発進並みにドバッとアクセルを踏んでしまったら、やはり燃費はそれだけ悪化します。では、具体的にどれくらい踏み込んでいけばいいのでしょうか?

答えは「急加速でなければいい」。即ち、ポンピングロスが低下する瞬間を体感できない程度に加速すればいいのです。

皆様はポンピングロスってご存知ですか?エンジンはガソリンを燃焼させるために空気を必要としますが、ポンピングロスとはアクセルを踏んだときにエンジンが感じる空気を吸い込むに当たっての抵抗を意味します。(それなりに噛み砕いた表現だと思っているのですが、説明が下手すぎて分かりませんかね。(笑))いえ、ポンピングロスなんて知らなくてもかまいません。ともかく、アクセルを踏み込んでいくに当たって、ガッとした突然の加速の変化が体感できないようなスムーズな加速をする。ぶっちゃけて言うなら、背もたれがなければ後ろにひっくり返ってしまうような急激な加速は避ける。背もたれがなくてもなんとか座った状態を維持し続けられる程度の加速をする。とまあ、これくらいの説明でよろしいでしょうか。

実際にはどんな加速をしてもガソリンの消費量に大差ないわけですから、実はそこでどの程度の加速をすべきなのかは運転法そのものではなく、自分の前方の交通状況に答えがあります。前がゴチャゴチャしてすぐに減速をかけなければならないようなときは、その状況を常に監視し車間を確保しながらアクセルをジワッと踏み続けてゆっくり加速していけばいいでしょうし、前がガラ空きでしばらくは減速する必要がなさそうな場合は、アクセルをそれなりに踏み込んで早い段階で車速を一定速度までもっていくことで距離を稼げばいいわけです。

欧州などでは後者、即ちアクセルを踏み込んでさっさと一定速度まで上げてしまう方が燃費がいいとされているようです。ここ日本においてもその説を支持する人は結構多く、実際その方が燃費がいいと言えるケースだって多々あります。私自身、条件的に問題がない限りは、なるべく早く一定速度まで上げるのが常です。なんたって、その方が目的地に早く着きますから。ただ、混雑時や信号の多い道、あるいは急発進・急ハンドル・急ブレーキを繰り返すガラの悪い運転手が多い道などでは、せっかく貴重なガソリンを使って速度を上げたとしても、すぐにフットブレーキを踏んでしまって速度を得るために使用したガソリンが無駄になりがちです。よって、当然のことながら、こうした場合はゆっくりと加速した方が有利です。

要は、加速後すぐにフットブレーキを踏むことのないような加速を心がけることです。正確な状況判断の下で臨機に適切な運転法を選択していく。これが燃費を左右するのです。

1回のドライブで何十回何百回と繰り返される発進・加速動作。ここでの操作の違いが燃費を大きく左右しますので、「発進から時速15kmまでのアクセルワークはデリケートに」「15km/hを超えたときの加速の程度は臨機応変に」を肝に銘じて、燃費向上に取り組んでください。

  1. 2008/01/12(土) 00:50:13|
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横浜F・マリノス

ご承知のとおり、私は横浜F・マリノスのサポーターを自称しております。その歴史は案外古く、Jリーグ発足前、木村和司や水沼貴史が生き生きとプレーしていた日産FCの時代まで遡ったりします。とはいえ、サッカーを本格的に見るようになったのはやはりJリーグ発足からで、当時の横浜マリノスの大旗をどこからか仕入れてきて、当時住んでいたマンションの17畳相当のリビングの天井にどっかんと飾ったりしておりました。

当時のライバルはヴェルディとかいう三流チームで、アホな読売系マスコミの煽りにまんまと引っかかったゴキブリレベルの大量の阿呆がサポーターの主力を形成しておりました。ゴキブリサポの人数を背景に、一時期は企業名がどうだの、川崎だの東京だのと、ナベツネとかいうクソジジイが先頭に立って訳の分からないことを叫んだりしておりましたが、Jリーグブームが過ぎ去ったとき、このゴキブリどもはササッとどこかに消えていなくなり、このヴェルディとかいう三流チームを応援するサポーターは片手で数えられるくらいしか残っていなかったという事実は、皆様既にご承知のとおりです。バカは死ななきゃ直らない、といわれているように、長年にわたって懲りずにバカを続けてきた結果、3年前、見事J2に陥落しました。そこで反省するかと思いきや、日本サッカー界のおバカの象徴であるラモスを監督に起用して翌年昇格できなかったくらいですから、バカは死んでも直っていないようです。

Jリーグが発足すると、ブラジルの元スポーツ大臣に率いられた血豆ウンコラーズというチームが台頭してきました。このチームは主体思想を是とする茨城民主主義人民共和国に本拠を構えたチームで、鹿島アントラーズとかいう別称を掲げて近隣住民を洗脳して回り、主に無菌室的田舎育ちのお年寄り信者から巻き上げたお布施で運営されています。得意技は”寝転がり”で、相手選手と少し肩が触れ合っただけでピッチ上でわざとらしく転倒しては、痛くもない足を押さえながら痛がったふりして目で審判にファールを懇願することで有名です。このチームでは、監督の笛に合わせてピッチ上に倒れこむ練習、突然涙目になる練習が、正規の練習科目として採用されています。

続けて、ホンダとの原チャリ戦争で無様な敗北を喫したヤマハという中途半端企業を母体としたズビロ田舎も頭角を現しました。ズビロはウンコラと同様、ブラジルマリーシアの考え方を誤解したまま取り入れちゃってる救いようのないチームで、敵選手の髪の毛やユニフォームを引っ張るなんてのはアサメシ前。それどころか審判の見えないところで足を踏んだりひじ打ちしたり、それはもう見るに耐えない卑怯な行為をチームスローガンに掲げて実践してきたという言語道断なチームです。当時から、ジュビロ磐田とかいう妙なチーム名を自称していると聞きます。
2006年のF・マリノスとの開幕戦で、この流れを汲んだ福西とかいう選手が、FKのボールを手でゴールに押し込んだのは有名です。

最近では、埼玉の沼地にある山芋スタジアムを本拠地としている浦和レッズ(なんでそのまま?)が成績を残し始めました。このチームは、一昔前は弱くて弱くて目も当てられない漫画みたいなチームでしたが、飛行場もなければ港もない、外界への唯一の連絡が”埼京線”というおぞましい名前の鉄道しかないといった陸の孤島状態を逆手にとり、サッカーしか楽しみが見出せない近隣住民を扇動して金をかき集め、他のチームから有力選手を引っこ抜くという安直な補強を続けてきた結果、一昨年はようやくJリーグを制するまでになりました。こうした他のチームの主力を引き抜くやり方は、バルサやレアルマドリーのように、同じことをするライバルチームがいてこそ機能するものであって、一チームだけでこんなことしてるとまだ未熟なJリーグというリーグ自体が死んでしまうという懸念がつきまとうものですが、もちろんこのアホなチームの思慮がそこまで及ぶことは決してなく、この自分さえよければいいというどこかの阿呆グループの新聞屋の野球チームと同じ行為を何の反省もないまま今でも続けています。日本のサッカーがつまんなくなるじゃねえかと言いたいところですが、何をどう言ったところで、やつらに理解力がないんだからどうしようもありません。

こういう諸悪の根源のようなチームが群雄割拠する中、日本リーグ時代からただ一つ筋を通し、正統派サッカーで精進するという正しく地道な活動を繰り広げてきたのが横浜F・マリノスです。正義は勝つ、ってことで、2003年から2年間連続してJリーグを制しましたが、ここ最近、正義は負け続けています。サポなのにこんなことを言うのも何なんですが、今年も正義は負けるような気がします。いつになったらまた正義が勝つときが来るのでしょうか。誰か教えてください。

  1. 2008/01/11(金) 23:53:18|
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EF200mmF2.8L USM

このレンズを購入したのは今より時を遡ること15年以上前、結婚前後のことだったと記憶しています。

それまでは、EF28-105mmF3.5-5.6 USM(銀塩EOS 5とキットが組まれていた)という平々凡々なズームレンズ一本しか持っていなかったのですが、突然「望遠レンズが欲しい」という欲求がムクムクと沸いてきて、何をトチ狂ったのかこのレンズを衝動的に買ってしまったのです。
それ以来15年以上の長きにわたり、このレンズは休むことなく稼動し続け、銀塩EOS 5→キスデジ→5Dと我が家の主力カメラが代替わりしていくのもお構いなく、我が家の主力レンズの1本として不動の地位を占め続けております。

このレンズの特徴は、今も変わらぬその圧倒的な描写力にあります。このレンズを購入以降、我が家のレンズは着々とラインナップを整えつつありますが、「その中で最も美しい画の撮れるレンズはどれか?」と問われたら、何の迷いもなくこのレンズを筆頭に挙げるでしょう。15年たっても最先端を行く描写力。レンズというのは新しければいいというものではないという格好の例です。

さて、このレンズで何を撮ってきたかと申しますと、いつの時代も”人”でした。歴史的に見ると、おかん、ゆたろ、こたろが主な被写体ということになるのですが、特に子供たちが小さいときには標準ズームなどは全く使用せず、このレンズが私のスタンダードレンズといった状態でした。ゆたろやこたろを公園などで適当に遊ばせておいて、それをベンチや草むらに座りながら撮る。これがパターン化していたのです。
キスデジ時代には焦点距離320mm相当になることを利用して、Jリーグの撮影にもよく駆り出しておりました。
5Dでフルサイズに戻った今では、子供たちの野球・サッカーの練習、フットサル等々、被写体が比較的近いスポーツイベントなどに持ち出して使用しております。

このレンズのすごいところは、私の画質への執着が人並み以上だというのに(10人中9人は全く気にしないような、まるっきりどうでもいいようなところにこだわったりします)、開放F2.8からその許容範囲にあるというところです。もちろん開放にすると絞り込んだ状態よりはゆるいのですが、それでも他のズームレンズを絞り込んで使ったときと同等以上の描写力があると思っておりますので、たとえスポーツシーンをシャッタースピード優先で撮影していて絞りが開放に振れてしまっても、問題を感じることがほとんどありません。

それだけではありません。これを絞ったりなんかしちゃった日には大変です。
F4へと1段絞ってみれば、もうこの時点で他のレンズの追随を許しません。2段絞ってF5.6にすれば、そりゃあもうこの世のものとは思えないような超生々しい至福の写真が撮れちゃいます。

キスデジ ISO100 1/800秒 F4
(2005年3月26日 三ツ沢球技場, キスデジ, 1/800秒 F4 ISO100, トリミング & 44%縮小)

とにかく、このレンズはいくら褒めても褒め足りないくらいです。この世にはこのレンズに匹敵するレンズがいったいどれほどあるのでしょうか。焦点距離が違うので真っ当な比較にはなり得ませんが、個人的にはキャノンのフラッグシップたるレンズEF300mmF2.8L(サンニッパ)より上なんじゃないかと勝手に思っています。

  1. 2008/01/10(木) 21:39:43|
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1-1.発進

もったいぶった前フリだけで今日の書き込みを終えるのも何なので、勢いに任せて各論に突撃します。

まずはじめに、エコ運転の基本中の基本について触れていきます。ここで述べるのはいわゆるエコ運転の原理原則についてなので、車や路面の状況変化についてはほとんど触れません。特別に断りを入れていない限りは4~6段変速のAT車で平坦路を走る事を前提にしています。

基本として取り上げるのは発進、加速、定速走行、減速、停車の5項目。
まずは”発進”から。


「車のエンジンをかけて発進するまで、30秒以内で行ってください。」

いまどきの車に暖機は不要です。暖機してもガソリンを無駄に消耗するだけです。ただ、エンジンオイルがエンジン内に行き渡るのに30秒ほどかかりますので、それよりも前に発進すると少~しずつエンジンを痛める可能性があります。それが心配な方はこの間だけ待った方がいいかと思います。


<我流解説>

エンジンを暖めるため、エンジンをかけてしばらくの間はアイドリング時の回転数が上がるようになっています。また、回転数以上に、空気に対するガソリンの混合比も増加したりします。従いまして、この間にアクセルを踏むと、同じ速度を得るために使用するガソリンの量は暖機終了後と比較して跳ね上がることになります。
なら、暖機しながら待った方がいいのかと言うとそうではありません。エンジンが温まるまでに使用されるガソリンよりも、暖機の間にアイドリングで消費されるガソリンの方がずっと多いからです。

エンジンが温まるまでの時間というのは地域、あるいは車によっても変わってきます。が、まあ大まかに言って、暑い日で1~2分、普通は3~5分、寒い日で10分(うんと寒けりゃそれ以上もあり得る)といったところでしょうか。その間に消費されるガソリンの量は数十ml~数百mlと幅がありますが、エンジンをかけてすぐに車を発進させても、この分を余計に消費する前にエンジンが暖まってしまいますので(アクセルを踏めば、それだけ早く暖まりやすくなる)、いずれにしてもすぐ発進した方が燃費的にはお得なのです。

あとは燃費以外の要素、例えば「暖機をしないとエンジンが傷むのではないか」などと心配される方がいらっしゃるかもしれませんが、今どきのエンジンは暖めなかったからといってそう簡単に痛んだりはしません。ただ、オイルが行き渡らないうちに回転数を上げることでエンジンを痛めてしまう可能性が少し残ります。エンジン全体にオイルが行き渡るのに、20~30秒かかるといわれていますので、これが心配な方はエンジンをかけたら30秒みる。逆に言うなら、

「発進させようとするタイミングの30秒前にエンジンをかける。」

これを心がけるとよろしいかと存じます。

また、日常の生活の中で、一旦エンジンをかけた後、30秒以内に発進できなくなること、例えば、同乗者が突然「あっ、○○を忘れた」とか「やっぱトイレ行っとくわ」などといって家の中に戻ってしまったような場合も結構あろうかと存じます。そのようなとき、そのままアイドリング状態で待つのか、それとも直ちにエンジンを切るのか、どちらがお得なのでしょうか?

エンジンを回すのに使うガソリン量は、概ねアイドリングの15~20秒分です。従いまして、それより長くスタンバイする必要が生じたなら、直ちにエンジンは切ってしまいましょう。再びエンジンをかけた後、オイルが行き渡る時間(エンジンを切る前の時間との合算)をとることを忘れずに。

尚、アイドリングストップ(後述)などでエンジンを一時的に切る場合は、既にオイルも行き渡った状態ですので30秒も待つ必要はありません。5秒も待てば十分です。信号が青に変わる(あるいは自車を発進させる)5秒前にエンジンをかけるよう心がければいいと思います。

  1. 2008/01/09(水) 21:54:08|
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燃費に向き合う姿勢

燃費をよくしたいと思う動機って何でしょうか?

燃費を意識している人にこのような質問を投げかけると、まあ普通は「ガソリン費用の節約」を挙げる方が最も多いかと思います。更にその背景として「近年のガソリン価格の高騰」にまで言及される方もいらっしゃるかもしれません。
でもちょっと待ってください。それって本心ですか?

私自身、表向きに聞かれればそういうふうに答えるかもしれません。ガソリン費用の節約。確かにこれは燃費追求の動機のひとつであることは間違いないでしょう。”エコ”という単語が世の中のあちこちで使われ、燃費を追求する運転を”エコ運転”などと呼んじゃったりもしてるくらいですから。

でも、ぶっちゃけわたしゃ、燃費追及って「娯楽」だと思っています。実利を伴う娯楽。コスト削減に邁進するため、眉間にしわ寄せてイヤイヤやっている労働・・・・・じゃなくて、楽しいからやっている娯楽なんです。

工夫に工夫を重ねてその効果を実感して一人ほくそえむ。そのサイクルの繰り返し。このプロセスって、ゴルフ練習場にせっせと通うオヤジゴルファーと似ています。あいつら(というか、実は私もですが)は高い金かけていったい何をしているんでしょうか。別にプロになろうと思って練習を重ねているわけではないですよね?ミスショットを連発したりして自分自身にムカつくことだって多々あるというのに、それでも飽きもせずにせっせと練習を続けている。
これは基本的にはその行為が面白いからでしょう。だから、お金を出してまでしてやっているわけです。
燃費の追求だってこれと同じです。いや、それだけではありません。こちらにはガソリン費用の節約という利益まであるんです。こんなに面白くてためになることって、他にあるでしょうか。

って、話がちょっと大げさになってしまいましたが、ぶっちゃけ、何から何まで燃費燃費といっていると、ストレスがたまってくるのもまた事実です。例えばトロくさい大型車やババアの後ろなんかを走ってると、「ざけんな!」って叫んで追い抜きたくなるのが人情というものでしょ?燃費を追求するとなるとエンジンにだってろくすっぽ回しませんから、カーボンがたまりまくるような気がしてならない。そういう様々なストレスフルな出来事を我慢できるか、いや、我慢どころかこれを楽しさにまで転化できるかどうかが燃費追及を続ける上でのキーになったりします。

一人一人が実際に体験する道路・車種などは千差万別なのですから、エコ運転術を駆使してたたき出したあなたの記録は、いつでもどこでも世界新記録なんです。なんたって、比較対照となる競争相手がいないのですから。今日このとき、この車でこの経路を世界で最もガソリン消費量少なく走破した自分。その快挙に一人ニヤつくわけです。(周りから見れば不気味だろうなあ・・・)

大型車の後ろ、ババアの運転する車の飛び出しや意味不明なブレーキ、・・・・普段はムカついてならないこうした一見理不尽な状況を丸ごと楽しんじゃいましょう。
「あの突然起こった理不尽な状況に、自分は燃費的に最高の対応をした」と。
その心の余裕が、更なる燃費記録の更新へとつながっていきます。渋滞した道ばかりを走っているのでない限り、誰だって10・15モード燃費に近い記録は出せますし、空いている道を主体に走るならばこれをクリアすることだって可能・・・だと思いますよ・・・たぶん。

次回より、我流エコ運転のエッセンスにつき、一つ一つ触れていこうと思います。

  1. 2008/01/09(水) 21:25:46|
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成長するチーム

こたろがサッカーチームに所属して、はや2年が経過します。(奇しくも、5D撮影の歴史に重なります。)

こたろ自身はあの肉々しい身体をプルプルさせながらの鈍足腰高肉弾プレーを続けておりますので、やがて皆についていけなくなることは目に見えているんですけど、今日はまあそんなことはさておいて、こたろについてではなくチームについて書き散らかしたいと思います。

このチーム、最初に見た頃(小学校2年生~3年生になりたての頃)は皆がボールに集まる”幼稚園サッカー”に毛の生えたようなプレーしかできないチームだったんですけど、昨年4年生になって以降、組織プレーっちい対応を随所に見せ始め、試合の観戦が俄然面白くなってきました。

選手個々はそれぞれ個性的で、常に周りに視線を向けて全体を考える選手もいれば、何にも考えずにただボールに突撃するだけの選手もいます。次のプレーを考えながら動く選手もいれば、近くに来たボールに反応するだけで、相手にボールを取られたらそれでおしまいという淡白な選手もいます。相手がボールを持ったとき、「何もさせないぞ!」という闘志をもって相手選手に絡み付いていく選手もいれば、「せっかく何かをしようとしている敵選手の邪魔をしたら申し訳ない」と勘違いしているとしか思えないように、目の前の相手のプレーを傍観してしまう選手もいます。マルチなプレーヤーもいれば、後ろしかできないような子、あるいは前をやらせたら抜群の動きを見せるのに、後ろだとからきし役に立たなくなる選手もいます。CKに果敢に飛び込んでヘッドを決めようとする選手もいれば、未だにヘディングが怖くて出来ない選手もいます。味方の選手が相手とボールを競り合っているとき、積極的にボールをもらいに行く選手もいれば、ボールがこないことを願っているかのように相手選手の後ろに隠れてしまうような選手までいます。

このように、様々な個性を持った選手たちでどのようなチームを作っていくのか。
わたしゃサッカーをプレーした経験がありませんので、どんな選手をどう配してチームを作ると強くなるのか基本的にはわかっちゃいないのですが、GK-CB-ボランチ-トップ下-FWという真ん中のラインに速くてうまい選手を置けば、チームに一本芯が入って安定するような気がします。

ただ、悲しいかな、速くてうまい選手というのはどのチームも数が限られています。で、結局そういう選手は重点的に前にばかりおかれることになる。そうしないと、からきし点が取れなくなりますからね。無理もない。
それでもね、こたろサッカーチームではCBに優秀な子を一人配していたんです。DFのエキスパートとして。これでチームとして何とか形を保っていた。それがね、その子がこの前骨折しちゃったんですよ。
それで急遽、トップ下をやってる優秀な子をCBに下げたんです。そうでもしないと、DFがバラバラになっちゃいますから。すると、途端に前がうまく機能しなくなっちゃいました。たった一人の故障によって、チームの弱点がモロに出た形です。

とまあ、今ではド素人の私がこんなことを考えられるほど、チーム全体が組織的にプレーするようになってきているってことです。まだチビスケの多い4年生ですが、これから一人一人の身体が出来上がってくると、迫力も出てきてますます面白くなることでしょう。

子供の成長をこの目で確認できるっていいものです。
来年度のプレーに期待しちゃいます。

  1. 2008/01/08(火) 22:31:47|
  2. サッカー
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EOS 5Dの後継機

キャノンの廉価版フルサイズEOS 5D。このカメラを購入して既に2年以上が経過しました。

デジタルもので2年も経つと、大抵の商品は古ぼけた感をぬぐい去れなくなるモノですが、このカメラに限っては全然そんな感じがしません。カメラのメカ的性能、例えば連写機能とかゴミ取り機能とかライブビューとか、そういう機能はある意味どうでもいいと思っている私が唯一最も重視している”画質”において、5Dは未だに最先端を行っていると確信しているからです。
その秘密はフルサイズでありながら1280万画素と画素数を抑えたこと、即ちドットピッチの広さにあると思ってます。

その証拠に(?)、キスデジシリーズをご覧下さい。
キスデジは、2003年の初代キスデジに始まり、キスデジN、キスデジXと進化(?)を遂げて参りました。その間、カメラのメカ的性能は確かに進化したものの、誤解を恐れずに言うなら、画素数を上げてドットピッチを狭くする度に画質そのものは逆に後退し続けています。
これが信じられない方は、まあものは試し、古い機種であるという先入観を捨てて、キスデジをどこからか調達してきて撮影してみて下さい。5年も前の機種だってのに、APS-Cでは一級の美しい画像が撮れることに驚かれることと思います。

同じことがニコンのデジイチにも言えます。
APS-Cで最も美しい画像を提供するのは、D3とともに鳴り物入りで登場した最新型のD300などではなく、意外や意外、廉価機種のD40だったりするんです。
また、画素数ばかりを追いかける世の風潮に惑わされることなく、ニコンがその乾坤一擲のフルサイズデジイチD3で画素数を抑えてドットピッチを5D並みに確保してきたのも、画質に対して真摯な姿勢を崩さないニコンならではの選択だったんだと考えるのが自然でしょう。

こうした5Dですが、ここにきていよいよ後継機の話が花盛りになってきました。
ニコンとは違ってこらえ性のないキャノンのこと、どうせ「ユーザーニーズに応える」などという阿呆な言い訳とともに画素数を増やしてくることは間違いないような気がしてます。

この会社は、かつてのAPS-Cデジイチで20D→30Dと進化を遂げた際、「APS-Cでは画質的に800万画素がいいところだ」とまともな光学メーカーみたいなことを言って、センサーは新たに設計したのに画素数を800万画素に据え置いたままで30Dを出してきました。これを見て、キャノンはようやく阿呆な画素数至上主義を捨て、まともなメーカーになってきたのかと感心していたのですが、次に30D→40Dと進化を遂げる際には我慢出来ずに1000万画素に増やしてきて、見事に画質を落とした前科があります。(それをちょろまかすためにコントラストを上げたため、40Dは微妙に不自然な画像を吐き出すカメラに仕上がっちゃってます。)

ま、こんなメーカーですから、5D後継機でも堪えきれずに画素数を増やしちゃうという私の予想も、結構当たっちゃうんじゃないでしょうか。

画素数が増えて画質が落ちた、ということが簡単に分かる検証法があります。
Lレンズみたいにいいレンズじゃなくて、そこら辺に転がっているようなしょうもないへなちょこレンズで撮り比べてみることです。もし私の言っていることに疑義を感じたならば、是非一度やってみて下さい。ドットピッチと画質との関係がテキメンに分かりますからね。

結局、マイクロレンズを使って集光量を上げるとか、画像処理のソフト的な対処でなんとかしようとか、いくら細かいところでじたばたしたところで、物理的にたくさんの光が取り込めるドットピッチの広さの差を克服することなど、現時点で出来てないってことでしょう。

噂の5Dの後継機ですが、期待を裏切らないよう祈っております。

  1. 2008/01/07(月) 23:35:36|
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カメラ機材

このブログでサッカーや車の他、写真についても触れていく予定ですが、サッカーのカテゴリーながら”サッカー撮影”で写真について書いちゃってますんで、今日のところは機材を紹介しておくにとどめます。

カメラはキャノンEOS 5Dを使ってます。
レンズは以下。(特に断りがなければキャノン製)

<単焦点>
EF50mmF1.4
EF85mmF1.8
EF200mmF2.8L
EF300mmF4L IS

<ズーム>
シグマ 17-35mmF2.8-4
タムロン SP28-75mmF2.8(A09)
タムロン 28-200mmF3.8-5.6(A031)

<その他>
タムロン SP90mmF2.8マクロ(272E)
EF1.4x II エクステンダー

あと、ストロボが430EX、一脚がベルボンNeo Pod7、三脚がベルボン エル・カルマーニュ630、雲台はSLIK SBH-320・・・・金目のモノはこんなもんかな?

  1. 2008/01/06(日) 23:46:51|
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MPV乗ってます。

昨年9月より、マツダMPV(23CSP)に乗っております。
このブログでは今後この車について触れていこうと思っているわけですが、ここで取り上げるテーマは決まっています。

この1.7トンもある重量級のミニバンをどれだけ効率的に走らせることが出来るか。
そう、”燃費”についてです。

ちなみに、この車の10・15モード燃費は12.2km/L。
一方、私が前回の給油で記録した燃費は11.1km/L。このとき走ってたのは高速とかじゃなくて全部一般道。もちろん渋滞も山道も走っての記録です。
どう?結構いい数字でしょ?

その運転技術について一つ一つ紐解いていく・・・つもりだったんですけど、もう今日は書くのが面倒になっちゃったんで(”サッカー撮影”を書くのに入れ込みすぎちゃいました)、細かい話はまた今度ということで。

  1. 2008/01/06(日) 23:30:27|
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