ま、適当に

思いつきで書くよ

SILKYPIX

デジカメで写真を撮るとき、私は保存画像の設定を”RAW”(RAWのみで、JPEGの同時記録はしない)にしています。そしてそれを自宅でJPEGに現像しています。

以前はJPEGで撮ってました。昔はRAWだの現像だのってものの本質を理解できずにいたため、その存在は知りつつも「そこまでやる必要はないだろ」などと考えていたためです。当時使っていた(てか、今でも使っている)フォトショップ7では、RAWで撮っても思ったような調整をかけられなかったということもあります。というわけで、我が家に残っているキスデジ画像はほとんど全てがJPEG撮りっきりの画像です。それが、5D購入を機にガラリと変わりました。購入してすぐに親戚の結婚式を撮影することになったため、「ここは一発、RAWとやらで撮ってみようか」と思い立ったからです。そのとき、RAW現像ソフトとして白羽の矢が立ったのがSILKYPIXです。

キャノンの無料RAW現像ソフトDPPも試してみました。が、イマイチだったんです。そこで、巷で定評のあったSILKYPIXを試してみたところ、ビックリするくらい画像を自在に操ることができましたので、「こりゃええわ」とばかりに早速購入した次第です。以降、JPEGで撮影することはなくなりました。とにかくRAW。全部RAW。写真という写真を全てRAWで撮り散らかしては自宅でSILKYPIXを用いて現像する。それがスタンダードとなったのです。それ以来、少しずつではありますが、これまでやってきたことに対する後悔の念に苛まれたものです。

「RAW設定があるのにJPEGで撮るなんて、せっかく画像をよりよくするチャンスを自ら断ってしまう阿呆のやることだった。なぜこれまでRAWで撮ってこなかったのか。なんておバカだったんだろう。あ~、無知って怖い。」

でもまあ、こんな済んでしまったことに悩んでもしょうがないので、とっとと諦めた次第です。

RAWで撮り始めてからというもの、フォトショップの出番が激減しました。フォトショによるリタッチとは異なり、RAW現像は画質の劣化なくどうにでもなりますので、フォトショを使う機会が文字入れや画像の合成くらいに限定されてきたことは、以前に触れたとおりです。

当時導入したSILKYPIXのバージョンは2.0でした。が、買って1年もしないうちにこれが3.0へと進化。早速アップグレードに対応しました。2.0から3.0へのアップグレードの価格は2.0導入時期に寄らず一律の扱いで、購入してまだ1年たっていない私は「もうちょっと何がしかの優待をしてもらっても罰は当たらないだろう」と多少の不満を感じたものですが、アップグレードそのものに迷いはありませんでした。その理由は、3.0でJPEG画像が扱えるようになったからです。

SILKYPIXで私が最も重宝している機能は、ホワイトバランスの設定をスライダーを左右に動かすだけであっさりとできるというところです。前にも述べたとおり、私は色温度の低い画像を好みますので、この作業が簡単にできるところは何者にも換え難いメリットとなります。それが次の3.0ではRAW画像ばかりかJPEG画像でもできる。これは、私にとっては青天の霹靂的ビッグインパクトだったのです。

もちろん他にも理由はあります。私のデジカメ暦の中で、キスデジ購入前はコンデジを使っていたわけなんですが、当時の主力機であったFuji FinePIX4700Z、Nikon COOLPIX4500で撮影した画像は、ともにことごとく色がかぶっておりました。前者はマゼンダかぶり、後者はグリーンかぶりで(逆だったかも?)、そのかぶりっぷりも均等ではなく、暗部において著しくかぶっているというおまけつき。これらを何とかしたいと常々思っていたのですが、SILKYPIX3.0でこれが全て解決する!そう直感したためです。

結局、これらコンデジで撮影してきた1万枚を超える色かぶり画像が、SILKYPIX3.0によってあっさりと蘇りました。その効果たるや”驚愕”の一言。これはもうデジカメ撮影をしている全世界の人々にお勧めしたいほどです。(大げさだってば。)ただ一点、JPEG画像を取り扱うとテキメンにPCの速度が落ちてイラつきますが(私のPCはメモリを1GBしか積んでおりません)、ま、それくらいはなんとか我慢してます。近々に新しいPCを購入する予定なので、この処理速度の問題はいずれ解決しますんで。

現在、様々なRAW現像ソフトが出てきています。中でもアドビのLightroomっていうソフトがいいらしいですね。でも私は今後よほどのことがない限りSILKYPIXで行くつもりです。もう操作に慣れきっちゃったし、このソフトの癖もそれなりに覚えちゃいましたんで、例えSILKYPIXよりLightroomの方が優れていたとしても(真相は分かりませんが)、乗り換えるメリットよりも全てが白紙に戻るデメリットの方が大きいと思いますから。

てなわけで、デジイチ撮影をするならRAWです。ピクチャースタイルだか何だか知りませんが、せっかくデジイチを持っているのにJPEGなんかで撮っているようでは宝の持ち腐れというものです。RAW現像ソフトは別にSILKYPIX以外のもの(例えば無料のDPP)でもなんら問題はありませんので、デジイチを所有されている方は、とにもかくにも保存設定をJPEGからRAWへと切り替えられることをお勧めいたします。

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  1. 2008/02/29(金) 23:44:32|
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3-5.給油のタイミング

ガソリンにも重さがありますので、給油の際に満タンにするよりも、常に半分くらいに抑えた方が若干ですが燃費は向上します。


<我流解説>

給油をする際には満タンにせず、ガソリンタンクの半分くらいに抑えた方がいい、という説があります。これは本当でしょうか。

確かに走行中の燃費はあがります。実際、タンク半分の給油を続けることによって、私の車で0.1km/Lくらいの効果があります(この数値は実際の運転実績からくるものではなく、計算により導き出した数値です)。但し、給油頻度が2倍になりますから注意が必要です。ガソリンスタンドに立ち寄る度に減速~停止~エンジン停止~エンジン始動~発進~加速が必要になるため、ただ単にガソリンスタンド横を通過するよりも燃料消費量が増加するからです。この増加部分は満タン法や定量給油法による燃費計算には反映されないために一種の盲点となっており、ここに着眼できないまま中途半端にガソリンを入れ続けている人が結構いるようです。単発の燃費の記録はいいけど、その裏で実際のガソリン消費量は抑えられていない(=トータルの燃費は改善されない)などというおバカな自己満足になりかねませんから、この点はキチンと差し引いて考える必要があります。

通勤等で定期的に通る道筋に行きつけのガソリンスタンドがある、などという方にとって、これは実施すべき有力な方法です。細かい計算は省略しますが、燃費10km/Lの車に満タンで50L給油していた人が25Lずつ給油するスタイルに変更したと仮定しますと、燃費向上分として50Lあたり0.45L程度の燃料消費が抑えられます。但し、ガソリンスタンドに1回余計に立ち寄ることで0.05L程度のガソリンを余計に消費しますから、実質的にセーブできるガソリン量は差し引き0.40L。50Lにつき0.40Lをセーブできるということは、燃費10.00km/Lが10.08km/Lになる。やった方が確実にお得、というわけです。たったの0.08km/Lだけかよ、と思われる方も多いかと存じますが、たったのそれだけなんです。でもそれだけ確実によくなることは間違いありません。更に、行きつけのガソリンスタンドが信号のある交差点にあり、給油しないときもいつもその信号では赤信号に引っかかっている、などという場合は、やった方がよりお得です。その理由は・・・ご理解いただけますよね。この場合、0.45Lまるまるセーブできることになります。

一方、「行きつけのガソリンスタンドに行くには少し回り道が必要」とか、「給油のためにわざわざ出かける」などということが多い方は、そんな小ざかしいことは考えずにおとなしく満タン給油にしておいた方が無難です。ガソリンスタンドに立ち寄るために消費するガソリンがそれだけ多くなるからです。給油のために回り道する距離が(燃費10km/Lの単純計算で)往復4kmを超えると確実に損をします。わざわざ出かける場合はエンジン始動からはじめるわけですから、実際の損益分岐点はもっと短いところにあるでしょう。計算上の燃費記録を更新するためではなく、実燃料消費量を抑えてこそのエコ運転なのですから、こういう目的と手段とを履き違えた行為は行わないのがお利口です。

続いて、定期的に通る道筋に行きつけのガソリンスタンドがあるものと仮定して、更に話を進めます。

ここまでの話を聞いて、
「タンク半分とか決めるのではなく、もっと理想的な給油のタイミングがあるはず。あまり細かく刻むとガソリンスタンドに立ち寄るロスの方が大きくなりそうだが、いくらなんでも半分では頻度が少なすぎる気がする。もう少し細かくてもよいのではないか。」
そう思われる方もいらっしゃるかと存じます。

そのとおりです。理想的な給油のタイミングというのは存在します。そして、そのタイミングは主にその車の燃費に左右されます。

また細かい計算は省略しますが、燃費記録が10km/Lといった水準の車で15~20L、20km/Lくらいの高水準では20~25Lくらいのところで給油すれば、最もよい燃費効率が得られます。大雑把に言って、
「給油ランプが点いたら行きつけのガソリンスタンドに立ち寄り、だいたい20Lくらいのガソリンを給油する。」
こんな感じで給油を実践していけば、その効率は最大化するでしょう。(ただ、それでもその効果は0.2km/Lまで行きませんが。)

それ以上の頻度、例えば世の中には”燃費”のスペシャリストのような顔をして「ガソリン給油ランプが点灯したら10Lずつ給油する」などということを続けておられる方がいらっしゃいますが、これでは見た目の燃費はよくてもトータルで満タン法と同じくらいの燃料消費量になってしまいますので、何をしているんだか分からないことになります。残念ながら上で述べた”おバカな自己満足”の領域と言わざるを得ないでしょう。

  1. 2008/02/28(木) 22:57:01|
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ゆたろ野球

我が家には子供が二人いるというのに、このブログで取上げているのはこたろサッカーばかりですから、たまにはゆたろの野球についても書いてみます。

ゆたろは米国在住時代の小学1年生のときから野球に取り組んでいます。ご承知の通り米国は野球が盛んなお国柄で、同じ地域に何チームもの少年野球チームが存在しておりまして、小学校も高学年になると地域内でドラフトが行われるほどです。当時のゆたろの所属チームはクランベリー・バイソンズ。満足にボールを投げられないような子までいる、見るも無残なほど弱っちいチームでした。

その後日本へと帰国。ここで新たに生活をすることになった地元地域の野球チームに所属し直したわけですが、こちらのチームも大して強くありませんでした。てか、正直言って相当弱いチームでした。それから3年後、中学へと進学。学校の野球部に入部したわけですが、これまた大して強いわけではありません。

こういう弱小チーム渡り鳥遍歴を持つゆたろなんですが、ゆたろ自身の野球の力量はというと、別にこれらのチームをグイグイ引っ張るわけでもなく、なんだか思いっきり溶け込んでいる。要するに「履歴のわりにはあんまうまくない?」そんなレベルなんです。小学生の時には何故か地域の選抜チームに入り込み(強いチームも弱いチームも関係なく、各チーム一定人数が選ばれるという悪平等により選出されました)、そのチームが横浜を制しちゃったおかげで日の丸背負って台湾遠征したりもしてますけど、本当の実力はこの大して強くもない中学ですら6番ライト。なんだかなあ。そんなもんだよな、やっぱり。

ま、私自身はゆたろチームが強かろうが弱かろうがどうでもいい部分はあるんですけど(子供が楽しんでるならそれでいいじゃんってことです)、昔はそんなことなかったのに、ここ数年は野球というスポーツそのものに少し違和感を感じるようになってきました。

まず、サッカーと比較すると緊張感が続かないこと。もちろん、野球でも緊張する場面というのはいくらでもありますが、その緊張に連続性がないところ。プレーがブツ切れだし、ぶっちゃけ緊張できるのはピッチャーがボールを投げてバッターが打つ。その間だけなんですから。とにかく全力でプレーする時間が桁違いに短いと思うんですわ。だからこそ、プロ野球なんか毎日できちゃうんでしょうけどね。

他のスポーツを見てみれば違いは明らかです。サッカーをはじめとする前後半の時間の中で争われる球技、柔道やレスリング等の格闘技等々、大抵のスポーツは一定時間ずっと緊張を強いられる。もちろんサッカーだってスローインやセットプレーに入る前など前後半90分ずっと緊張しているわけではありませんが、そこで緊張を解くと失点につながったりしますんで、どんな瞬間も目が離せないでしょ?即ち、選手の、あるいはチームの緊張の配分ってのもそのスポーツの要素に入ってくるわけです。一見ブツ切れに見えるバレーボールやバトミントン、あるいはテニスだって、ラリーが続く限りは緊張しっぱなしなんですからね。

米国人の好む2大スポーツ、アメリカンフットボールと野球。これらはいずれもプレーの緊張が意図しないところでブツ切れになるという共通点をもったスポーツです。これって長時間の我慢ができない、何でも短絡的に物事を進めようとする米国らしい傾向と言えそうですが、どうも私、体質的にこういうのがダメになっちゃったみたいで、野球とか見てるとかったるくなっちゃうんですね。

あと、ポジションが著しく不平等であるところ。例えばゆたろ中学のサッカー部のトップ下が中村俊輔だったとしましょうか。それでも、あのへなちょこ中学サッカー部では全国優勝など絶対にできないでしょう。全国どころか横浜市で勝ち抜けるかどうかも分からない。それはサッカーが11人のスポーツだからです。一人だけずば抜けていてもダメなんですね。それが野球となると、ピッチャー次第ってところが濃厚にある。例えばゆたろチームのピッチャーが松坂大輔だったらどうなるでしょう。それだけで間違いなく全国優勝しちゃうんじゃないでしょうか。ゆたろの台湾遠征なんてその際たるもので、そういうところもなんだか気に入らないッス。勝負の鍵を握っているのはレギュラー9人じゃない、たったの1人なんですから。

・・・・って、ここで書くテーマは野球を貶すことじゃありませんでしたね。ゆたろの野球でした。すいません。

てことで、話を戻しますが、ゆたろの野球の試合ってこたろサッカーほどではありませんが、それなりの頻度でカメラを担いで見に行ってます。ただ野球って、バックネットや金網なんかの外(裏)で観戦するのが基本なんですわ。特に市中の野球グラウンドなんか、内外野ぐるりと金網に囲まれてたりする。だから、いくらカメラを持って行っても、満足に写真が撮れないんですね。たまにネットや金網の死角を見つけて撮ったりもするんですが、逆にいうならそこからしか撮れない。撮影角度が限定される。どうにもならないわけです。

我が家の備蓄画像の中に占めるゆたろ野球の写真が、こたろサッカーに比べて極端に少ない理由がこれです。別にゆたろがかわいくないってことではない。しょうがないんですよ。あの野郎が野球なんかやりやがるから。いくら野球を見るのがかったるいとはいえ、自分の息子が出ているとなれば話は別です。時間があれば出かけて行きますし、ちゃんと見る。でも写真は大して撮れない。そういうことです。

で・・・・え~っと・・・・おいらは何を書こうとしてたんでしょう?・・・なんだかよく分からなくなっちゃいましたので、本日はこれでおしまいにします。お粗末。

  1. 2008/02/27(水) 22:34:56|
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EOS 5D

いや~、5Dが安くなりましたよね。さっき価格コムで確認したら最安値が22万5千円だって。私が買ったのは確か31万5千円だったから、それと比べると9万円も安くなってます。今5Dを買うとおまけまでついてくるらしいですから(?)、実質的には10万円くらい安くなったってことですかね。購入から2年3ヶ月経ってますから、この間に10万円分楽しんでなけりゃ私は損したってことになるんですけど、ま、どう考えてもそれ以上楽しんできているので、自分的には満足です。

これまでAPS-Cを使用してきて”次はフルサイズ”って考えている方々は、5D後継機の発表がないのを悶々とした気分でやり過ごしていることでしょう。あと半年、あと半年と、何度か空振りをくらいながら、その都度「今さら5D購入もないだろ」ってことで、不本意ながらAPS-Cを使い続けている。やはりどうしても5D後継機待ちになっちゃうんでしょうねえ。うんうん、その気持ち、よく分かりますよ。

でもね、この5D、今が買いです。

株式投資をやってきた方なら共感していただけると存じますが、競合他社が目先の変化ばかりを追いかける中、ちょっとやそっとじゃブレようのない圧倒的な基本技術に支えられた企業銘柄って買いでしょ?こういう会社って目立たないから、株価はその企業価値より必ず安くなってる。目先を変えることで激しく上下する競合他社の株価を横目に見ながら、こういう会社の株価はジリジリと安定的に上がって行くものです。こういう会社が技術改良の発表をしない中、競合が一斉に新商品を出してきたとき、相対的にこの会社の株価は低迷します。「何でこの会社は競合に併せて技術改良の発表をしないんだ!」頭の沸騰した一般投資家も他社を評価するのと同じ目線でこの会社を評価しようとする。でもね、それは一過性のものに過ぎないんです。ちょっとやそっとじゃ揺るがない圧倒的な技術基盤の上に成り立っている会社と、それに対抗するために無節操に目先を変えた場当たり的技術の会社との勝負なんですから、いずれ世間の評価もあるべき姿に戻ります。そして、その反動で株価だって戻るんです。底力の違い。大衆ってのは伝統的にここを評価できないんですね。こんな愚民どもと一緒になって騒ぐと、結局損するだけに終わっちゃいます。

今の5Dの価格ってこういう会社の株価みたいな状態だと思うんですよ。フルサイズが22万5千円で買える。これを他社のAPS-Cと比較して御覧なさいよ。20万円近くする他社のAPS-C上位機種、堅牢で連射性能も高く・・・なんていってますけどね、センサーがAPS-Cなんですよ。まあそりゃあ確かに、好条件の下で撮影すれば、APS-Cでもすばらしい画像は撮れます。でもね、その頻度って低いんスよ。よく撮れたと思っても、何だかあちこちがビミョ~に劣っている。所有して撮り続ければ分かるんですって。こういうことって、カメラだけじゃないでしょ?上位のものを一旦味わってしまうと、頭の中で考えていたときには分からなかった下位のモノの粗(アラ)に我慢できなくなってくる。結局、石炭は石油に取って代わられる運命なんですから。LPレコードはCDに取って代わられる運命なんですから。ブラウン管は液晶に取って代わられる運命なんですから。同じような価格で売られているフルサイズとAPS-C、どちらを選ぶかなんて言うまでもないことだと思ってるんですよ、わたしゃ。

まああの、こんなこと書いてるとまた妙な反論が出そうですから念のため言っておこうと思いますが、連射速度を本気で求めてる人なんかはAPS-C上位機種の方を選ぶかもしれませんよね。そんなこた分かってます。でもね、本質を犠牲にしてまで連射にこだわる方が世の中にどれほどいらっしゃるのでしょうか。それがユーザーのマジョリティとなってますか?違いますよね。わたしゃ、デジタル一眼のマジョリティなニーズ”画質追求”を念頭にこんなこと書いてますんで、そりゃたまにはマイノリティの意見と相反することはあるでしょう。でもまあそこはそう理解して大目に見てください。いちいちマイノリティの意見に媚売ったりするのも疲れますから、今後も対象はマジョリティオンリーで話を進めようと思います。

さて、話を戻しますが、何を買うかで悩んだ場合、この価格ならどう考えても5Dだと思うんですけど、実際にそういう選択をされている方は少ない。そこを突き詰めて行くと、結局その理由は「5Dが古い機種だから」。そういうことじゃありませんか?古いってだけで、もうすぐ後継機主が発表されるかもしれないってだけで、購入に踏み切れない。違いますか?

んじゃここで、ちょっと視点を変えてみましょう。例えばもしこの世に5Dってものがなくて、今日、今、この瞬間、22万5千円でキャノンから5Dが新発売されたとします。さて、世間の反応はどうなるでしょうか。
「すっげ~、キャノン。フルサイズをこんな値段で出してきた!」「ニコンD3の半額以下かよ!」「うっひょ~~~、ニコン大ピンチ!」・・・・・
大騒ぎになると思うんですが。

この前、池袋のビックで30Dのダブルズームキットが8万円台で売られてました。最後の800万画素APS-Cセンサー搭載デジイチEOS30D。もし私がAPS-Cの一眼レフをはじめようと考えている人間だったら、これ、どう考えても絶対に買いです。でもまあ実際は、客はみんな新機種ばかりに気をとられちゃってて、在庫一掃ワゴンの中に淋しげにおかれた30Dが売れてる様子はありませんでした。う~む、これって・・・・・あのね、そんなに目先ばかりのとらわれず、一歩引いて考えてみてください。3年経てば、どれもこれも旧機種になっちゃうんですよ。全部古い機種って観点から純粋に機能だけに目を向けて、それぞれのコストパフォーマンスを考えてみてください。今の5Dとかビックのワゴンセール30D、これほどべらぼうなるコストパフォーマンスをもったデジタル一眼ってそうはないと思いますよ。

あなたが今とらわれている”新機能”ってね、そんなに価値のあるものなの?ま、冷静に考えてみてください。相当高い確率で「あんま価値ないかも」ってことになると思いますよ、悪いけど。

  1. 2008/02/26(火) 23:08:47|
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3-4.エアコン・フィルム

エアコンを入れているときに燃料消費量を下げる運転法というのはありません。ただ、エアコンのために消費されるガソリン量は、その風量によっておおよそ1~3km/Lと幅がありますので、エアコンが必要な場合でも、その風量を抑える工夫をしてください。具体的には、日よけシートやカーテン、ガラスフィルム等の遮光の工夫、あるいはエンジンをかける前の換気、通気性のよいシートカバー等の体感温度を下げる工夫・・・・こうした工夫を施すことによって、エアコンの風量を下げることが可能となって、燃料の実質的な過剰消費を抑えることができます。


<我流解説>

エアコンを入れると燃料の噴射量が増えます。といいますか、空気に対するガソリンの混合比が増加します。従いまして、同じエンジン回転数でも、それだけ燃料消費量が増えるわけです。(”暖機”と同じ理屈です。)

その増加量は、エアコンの風量に比例します。ミニバンのように室内空間の大きな車で、前席も後席も最大風量でガンガンエアコンを入れたりすると、それだけで2~3km/Lも燃費が悪化したりします。エコ運転者たるもの、このような状況を避けなければなりません。そのために、事前の準備をします。

夏場、車内温度を上げないために誰もが思いつく最も簡単な方法は、駐車の際には遮光して車内の温度上昇を抑えることです。遮光手段として最もポピュラーなのは日よけシートで、多くの方が既に使用されています。フロントガラスよりもやや大きめの、表面をアルミ処理したような光を通さないなるべく厚手のものが効果的です。

ウィンドーに貼るUVカットフィルムも効果があります。紫外線をカットしてくれるため、あのジリジリする感覚がありません。日焼けをしないので何よりも女性に喜ばれます。貼付まで業者に頼むと総額で数万円と高額になりますが、夏場は車内の温度上昇をおさえ、冬場は温度の下降を防ぐ。その効果はすぐに体感することができます。(ちなみに、私のMPVもそうですが、今どきの車なら大抵これはデフォルトで搭載されております。)

UVカットフィルムは可視光線の透過率が落ちるため、前席(運転席・助手席)の窓には貼付できません。前席の遮光には、窓の内側に貼り付ける吸盤タイプの遮光パッド、あるいはカーテンが有力です。簡便なのは遮光パッドですが、見た目は相当ドンくさいですし、固定が確実とは言い切れないため、駐車場に戻ったときに窓から落ちてしまっていることがあります。確実性や概観を考えるとレール式のカーテンがベストですが、高額である上に走行中は束ねたカーテンがちょっと鬱陶しかったりするかもしれません。いずれも一長一短ありますので、ご自身のTPOに応じて採用・不採用をお決めください。

換気も有効です。助手席と後部座席の窓を全開にして(運転席の窓だけは閉めたまま)、運転席のドアを開け閉めするように(閉めませんけど)動かします。これを5~6回もやれば車内の換気は十分にできます。(全座席のドアを開けてやればもっと効果的です。)お試しください。

駐車時に窓を5cmだけ開けておくと、車内の温度上昇をある程度抑えられる。5cmなら車上荒らしにもあわないので、・・・という話をどこかで聞いたことがあります。これにはリスクが伴うと思いますので、採用されるかどうかはご自身で判断なさってください。ちなみに私はバイザーがかかっている範囲をギリギリの許容範囲として、窓を少しだけ開けるようにしています。

車内温度を上げない工夫とともに、体温を下げてやる工夫も有力です。その代表的な例がシートカバーです。様々な機能をうたったシートカバーが市販されておりますが、シートと自分の身体との間に物理的空間のできるシートカバーがお勧めです。よくタクシーの運転手さんなどが竹細工や数珠などでできたシートカバーを使用している例を見かけますが、あれは単純ですが最も効果があるもののひとつです。近頃ではファンが付いたシートカバーまでありますので、自分のお好みで選択されるとよろしいかと存じます。

あと、これは特に男性には有効だと存じますが、私があみ出した体温を下げる(というか、体感温度を下げる)有力な方法があります。500mlのペットボトルに水を入れてそのまま凍らせ、これを車内に持ち込みます。そして、暑さを感じたときにそれをハンカチで包み(タオルだと分厚すぎるのでハンカチがよい)、これをおもむろに股間に挟みます。これだけでたちまち清涼感に包まれます。その効果は絶大で、思わず「ひょえ~~」と叫び声を上げてしまうほどです。股間が冷えたら、今度はこれをタオルに包み、ヘッドレストとシートの背もたれとの間にくくりつけます。これで運転中も快適です。このペットボトルは直射日光を当てたりしない限り一日もちますし、いちいち入れ替えるのが面倒なら、てか、股間にあてがったものを首筋に当てるのが気持ち悪いなら、ペットボトルを最初から2つ用意しておくようにします。いずれの場合も、駐車して車を離れる際には、直射日光の当たらない場所に移動させておくと、効果がより長持ちします。ぜひお試しください。

  1. 2008/02/25(月) 23:24:57|
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東アジア選手権

先週末より始まり、今週末に終了した東アジア選手権の3試合をTV観戦してきました。結果は1勝2分で2位だったわけです。このふがいなさの責任を内田とか水本とかになすりつけるのは簡単なんですけど、ま、今回はそんなことはおいといて、今回の代表で良かった選手に目を向けてみましょう。そう、言わずと知れたFマリ選出の2選手、山瀬と中澤です。

初戦の北朝鮮戦は引き分けました。北朝鮮は韓国とも引き分けておりますので、自力がそれなりにあったのか調子が良かったのかは分かりませんが、いずれにしても今回の東アジア選手権ではTV解説者あたりがカチコチの石頭で言っているような「明らかに格下で勝って当たり前」という訳でもなかったように思います。ただ、チョンテセとかアンヨンハがレギュラーを張ってる程度のチームですから、実力的に日本の方が上であることは明らかでしょう。

このチームに引き分けた要因はたった一つ、山瀬を出さなかったからです。この試合に山岸だの水本だの内田だの、どうみても代表のレギュラーはちょっと無理っぽい選手を出してお茶を濁そうとした背景には、岡田監督が後に続く中国戦や韓国戦のために主力を温存しようとしたからだと考えるのは自然でしょう。おかげさまで、中盤でボールをキープ出来る選手がいなくなっちゃったもんだから、どう見ても自力は上だってのに安定的にボールをキープできずに苦労しておりました。ま、岡田監督にしてみれば「それでも勝てる」とふんでいたのでしょうけど、残念ながらそうはならなかったってことです。

ただ、私は岡田監督のこの姿勢を評価します。その理由は・・・・・Jリーグの開幕まであと2週間。この時期に山瀬にチーム(F・マリノス)から離れたところで3連戦などさせるわけにはいかないからです。東アジア選手権が終わったら可及的速やかにチームと合流し、ロニーをはじめとするフレッシュなメンバー達とのコンビネーションの確度を上げながら、チーム力をピークに持って行かなければなりません。その核となる選手を今の時期、ヘトヘトに疲れさせるわけには参りませんからね。

同様の観点から、あの愚連隊(表現、古!)みたいな中国との試合も、後半は「はよ山瀬を替えんかい!」と祈るような気持ちで見てました。「山瀬が削られたらどうしてくれるんだ!」と。それが、交代になったはいいけど、後半44分なんだもの。遅すぎだっての。

世間では中国チームのラフプレーがどうのと騒いでいるようですが、もともと中国チームなんてあんなモンです。リードされた後半になると汚いプレーを連発するというあの単細胞っぷりは昔からかの国の伝統ですし、ましてや中華思想をとる社会主義国のホームで北朝鮮主審の笛の下に試合が行われるのですから、あの卑怯千万な闘いっぷりなど事前に十分予想されたこと。別に今さら驚くには値しません。その証拠に、私は試合前から「頼むから山瀬は前半で引っ込めてくれ」と公言しておりました。

とにかく、この中国戦、そして昨日の韓国戦も山瀬は先発出場して得点してきた訳です。その前に行われたアジア3次予選のタイ戦から代表を見ている方は既に確信されていることと存じますが、もう彼を抜きに代表を語ることなどできないでしょう。

サッカー関係者の間では、山瀬の良さは「ドリブルでの仕掛け、突破」とか「1.5列目からの飛び出し」にあるように言われておりますが、それ以前のところで他の日本人選手より明らかに勝れているところがあります。それは「トラップのうまさ」と「いつ打ってもシュートが低弾道」ってところです。他の日本人選手にはこれができない。この日本人に共通する欠点がよく分からない方は、一度、リーガエスパニョーラの試合とか見て下さいよ。そうすりゃすぐ分かりますよ、日本人の技術的な弱点が。

Jリーグなんかを見てると明らかなんですけど、日本人選手ってみんな死ぬほどトラップが下手でしょ?おまけにシュートはよくふかす。要するに基本が出来てないんです。それなのに、この基本をおろそかにしたまま目先の技術ばかりを追いかけ、ロナウジーニョよろしく小手先のテクニックばかりを磨こうとする。だいたい、二流選手がそんなことに血道を上げるなんて、ちゃんちゃらおかしいんですよ。でもバカだからそこに気づかない。だからいつまでたっても自分でボールコントロール出来るところにトラップ出来ないし、シュートだってふかしてばかり。J2など、基本的にこんなやつばっかです。

山瀬はこの点、ずば抜けてるんです。基本が出来ている。だから伸びる。努力すればするほど、どこまでもいくらでも伸び続けるわけです。ちなみに代表にはあと一人、この観点から抜けている選手がおります。中村憲剛選手です。いつまで経っても冴えないまんまの日本人Jリーガー達は、彼らのこういうところを見習ったらいいと思うんですけど、やっぱり阿呆だから気づかないのでしょう。あんなに下手くそなくせにいつまでも小手先の華麗さばかりを追い求めるばかりで、トラップやシュートをふかさない練習に一生懸命になってる選手など、金輪際見たことがありませんから。

ともかく、山瀬は今後ますます輝くことになるでしょう。1.5列目からの飛び出すことの出来る選手って、Jリーグにはいませんから。

中澤についてはもう書くまでもないです。今回、彼がいなかったらどうなっていたかは実際に試合を見てれば想像が付くというモノ。もう彼も若くないんで、そろそろ新しい人に出てきてもらいたい。ボンバーにはFマリに専念してもらいたい。そう思うんですけど、周りの日本人のレベルが低いんだからしょうがないッスよね。ま、しばらくは代表に貸してあげましょう。ただ、ジーコの時みたいに、ボロボロになるまで彼を使い倒すのは勘弁してもらいたいと思います。その辺、ボンバーをボロボロにされて被害を受けた経験のある岡田監督なら分かってると思いますが・・・

  1. 2008/02/24(日) 22:25:49|
  2. サッカー
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レンズとドットピッチ

例えばキャノンの高級レンズであるLレンズ。一口に”Lレンズ”と申しましてもその種類は多岐にわたり、カメラが何であれすばらしい描写を見せるEF200mmF2.8Lみたいなレンズもあれば、EF300mmF4L ISみたいにカメラがAPS-Cだとたちまち馬脚を現してしまうような大したことのないレンズもあります。この辺の線引きをキチッと抑えておくことは、将来のレンズ選びにも有用だと思いましたので、この場を借りてまとめておきたいと思います。

まずはカメラ側の能力について。
前にも書きましたが、同じレンズを使用した際、画質の良し悪しはセンサーのドットピッチに比例すると考えております。このドットピッチをパラメータとしてキャノンのデジイチをフルサイズとAPS-Cの関係を中心に並べてみますと、次のようになります。

  フルサイズ      APS-C
①1,280万画素(5D) = 512万画素
②1,600万画素(1Ds2)= 640万画素(初代キスデジ)
③2,000万画素(1Ds3)= 800万画素(20D、30D、キスデジN)
④2,500万画素    =1,000万画素(40D、キスデジX)
⑤3,000万画素    =1,200万画素(キスデジX2)
(ちなみに、APS-Hのデジイチ1D2は①と②の間、1D3は②と③の間に位置します。)

ドットピッチを単純計算するとこんな風になるのですが、実際にこれらのカメラで撮影された画像を何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も見比べてきた経験から、APS-Cの画質はこれよりももう半段~一段くらい悪いように思っています。即ち、実際の画質を考慮に入れた画素数による画像の序列は、現実はこんな風です。(ここでは差が「一段」あるとして作表しています。)

  フルサイズ      APS-C
①1,280万画素(5D) = 450万画素くらい(じゃないかな?)
②1,600万画素(1Ds2)= 510万画素くらい(じゃないかな?)
③2,000万画素(1Ds3)= 640万画素(初代キスデジ)
④2,500万画素    = 800万画素(20D、30D、キスデジN)
⑤3,000万画素    =1,000万画素(40D、キスデジX)
⑥3,600万画素くらい =1,200万画素(キスデジX2)
(APS-Hのデジイチ1D2は②、1D3は③程度)

データ的根拠は皆無ですが、とにかく私自身はこう思っちゃっておりますので(100%私の主観です)、今後はこれを前提として話を進めていきます。

カメラ側をこのように整理したところで、私の所有するレンズがどのレベルまで解像するか、この表に重ね合わせていきます。

① EF300mmF4L IS+1.4xエクステンダー
② EF300mmF4L IS、A09
③ EF200mmF2.8L+1.4xエクステンダー、EF50mmF1.4、EF85mmF1.8、272E
④ EF200mmF2.8L
⑤ なし
⑥ なし
(表中にないA031は①ですらちょいと苦しいレベルですが、「もしこの世にフルサイズで1,000万画素などというカメラがあれば見事に解像するはず」と思ってます。もう一本、うんこシグマ17-35mmの方はどんなカメラでも無理ですね。)

以前にも何度か触れましたが、ここで私が言っている”解像”ってのは、一般に広く使われている”解像”とは意味合いがちょっと異なり、一般的な感覚よりも相当厳しいレベルで判断しているように思います。いずれ画像を掲載して説明を試みようとは思いますが、とりあえずここでは過去の私の記述を基に、感覚的に理解してください。簡単にいうと、画像を等倍で見て「お~、すげ~」って思える写真が頻繁に撮れるかどうか、くらいの感覚です。(これじゃあ分かんない?)

代表的なレンズについて申し上げますと、例えばEF200mmF2.8L。こいつは30D(④)でもギリギリ「お~、すげ~」と思えるような画が結構な頻度で撮れますが、40D(⑤)まで行っちゃうと「ん?」となってしまう頻度の方が多くなります。これがEF300mmF4Lだと、③でも「ん?」の方が多い。②クラスのカメラ(例えば1D2とか)を所有して、ようやく安心できる。そんな感じです。

要するに、⑤以上に画素数が増えちゃうと、もはやこのレベルで解像するレンズを私は一本も持ち合わせていないってことです。このレベルになりますと、おそらくサンニッパとかヨンニッパとか、Lの中でもトップに君臨するようなバケモノ級のレンズでもない限り、満足の行く写真は撮れなくなってくるのではないでしょうか。

世の中では画素数の多いカメラをして「レンズにシビア」「レンズに厳しい」などという言い方をしておりますが、この画質が落ちた責任をあたかもレンズの力量不足に押し付けているかのような言い草は、明らかに間違っています。なぜなら、そういうカメラってレンズが本来持っている力量を引き出せないしょうもない実力しか持っていないことになるからです。レンズが悪いんじゃなくてカメラが悪い。だって、優れたレンズの力を借りなければ満足の行く写真が撮れないってことは、これ即ち、カメラとして全然自立できてないということなんですから。

昨年、キャノンからフルサイズのフラッグシップ1Ds3が2110万画素という途方もない画素数で出てきましたが、あれはあれでいいんです。なぜなら、こんなものすごいカメラを使う人は、レンズだってトップクラスのLを取り揃えているでしょうからね。レンズが解像してくれる(等倍での印刷に耐える)んなら画素数は多い方がいい。そんなこた~いまさらあらためて説明を要しない自明のことです。

一方、なけなしのお金で細々とレンズを取り揃えて行くユーザーが大半だと思われるAPS-Cで、遠慮なく画素数を増やしていくという行為は絶対に間違っています。なんたってそこまで解像するレンズがこの世にほとんどないんですからね。ましてや、このクラスのユーザーが使っているレンズはへなちょこレンズばかりなのですよ。画素数を増やすことによって、せっかくのデジイチの画質がコンデジ化するだけに終わる。それなのに・・・素人を騙すのも大概にせい!そう思っちゃうんですね。

ソニーが有効2,460万画素の「Exmor」CMOSセンサーとかいうのを開発しているそうで、このセンサーを搭載したフルサイズのカメラを年内に発売するんだそうです。ひたすら数字スペックを追い求めるいかにも電気屋らしい発想ですが、この会社、APS-Cのみならずフルサイズまでコンデジ化しちゃうつもりなんでしょうか。ソニーが必死に品揃えを進めようとしているツァイスのレンズって確かに他にはない味はあるんですけど(昔、ちょいと使っていたことがあります)、こと”解像力”という点では特に優れているといった印象はないんですけどねえ。それに、訳分かってないユーザーがひしめくAPS-Cの市場ならいざ知らず、ちゃんと画質を評価できる人々が多いはずのフルサイズ市場にこんな機種を投入して、いったい誰が買うのでしょうか。結局、画素数だけはやたらと多いAPS-Cクラスの平べったい画像が量産されることになっちゃうと思うんですが、そういうカメラを欲している人って本当にいるの?これでは、これまで我慢に我慢を重ねてきた旧コニミノユーザーがかわいそうだと思うんですけど。

かたやペンタックスK20D。APS-Cの分際でその画素数は1,460万画素もあるんだそうです。デジカメ市場で何の取り柄も発揮出来ていないこの会社が、デジイチの世界で生き残るためには「消費者を騙すことになろうが何だろうが、数値スペックを追求してコンデジ化路線を拡大して行くしかない」というわけなのでしょうが、お前らはソニーか!光学メーカーの誇りを捨てっちゃたんかい!・・・老舗までがこんなことを始めてしまう現実を目の当たりにすると、なんだかこう、無性に悲しくなってきます。

私ごときがこんなところでこんなことをいくら書いたところで世の中の流れを止められやしないってことは分かっています。でもね、カメラメーカーの皆さん。数値スペックを追いかけるのもいい。画素数追求もいい。ただ、ほんの少しでも光学メーカーとしてのプライドが残っているなら、ほんの少しでも良心が残っているなら、画素数を抑えたカメラ、5DやD3のように画質を踏まえたちゃんとしたカメラの開発も並行して行ってください。わたしゃ永遠にそっちの方を買い続けますから。
よろしくお願いいたします。

  1. 2008/02/23(土) 23:07:26|
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花粉症

今年もまたいやな季節がやってまいりました。スギ花粉の飛散期です。重篤な花粉症に罹患している私は、毎年毎年恐怖を持ってこの季節を迎えています。

花粉飛散量は前の年の夏が暑かったかどうかで決まるようで、各年の花粉飛散量には差が出てきます。昨年の飛散量は幸いなことに少なかったということなんですが、それでも私は例年通りアレルギー性喘息を引き起こし、ステロイドの緊急静注を受ける羽目になりました。飛散量が少なくてこれなんですから、これが多い年にはもう目も当てられません。まだ花粉は飛び始めていないといわれる2月早々からもう目鼻はグシュグシュ、気管支はゼーゼーいい始め、3月には定番のようにステロイド静注の嵐。そして5月まで頭はボーっとして涙、鼻水、咳により顔全体が腫れ上がるかのような症状に見舞われるのです。

昨年の夏は大して暑くなかった代わりに、残暑が猛烈に厳しかったでしょ?そのせいで、今年の飛散量は多いそうです。例年の3倍なんだとか・・・・・もうダメです。政府はなぜこのような状況を放っておくのでしょうか。戦後、国策として杉の植林を推し進めたせいで、今現在花粉症が猛威を振るっちゃってるっていうのに、いくらなんでも知らんぷりはないでしょう。こちらは別に官僚の責任論などに話を持って行くつもりはありませんよ。でも、ほんの少しでもその責任の一端を感じているのなら、せめてちょっとくらい何がしかの対策を打ってくれても罰は当たらないのではないでしょうか。花粉症撲滅を公約に掲げて選挙に臨む候補者がいれば、私などは間違いなくその人に投票しちゃうっていうのに、そうしたことを政策に取り上げる候補者も出てきません。みんな、花粉症などどうでもいいとでもお思いなのでしょうか。

ここは一つ、木材としての需要が激減した”杉”なんか、いっそのこと全部伐採しちゃったらどうでしょう。根の浅い杉なんて山にとっては大してメリットのない植物でしょうし、損得勘定で見たら、全部伐採したって損よりも得する部分の方がずっと多いと思うんですけど。誰かやってくれませんかね。

花粉症ってのはアレルギー反応です。微細粒子の抗原であるスギ花粉を生活する中でシャットアウトできればいいんですけど、そんなことなど思いもよらず、外にいようが家の中にいようが、飯食ってようが風呂入ってようがトイレで踏ん張ってようが、どこで何をしていても必ず抗原にさらされ続けるという最悪の状態が1年の1/3もの長きにわたり毎年毎年続くのです。こうした避けようのない状況というのは、他のどんなアレルギー疾患よりも厳しくて辛い過酷な環境と言えるように思うのですがいかがでしょうか。

昨年はもちろん、昨年以上に花粉の多かった一昨年、はたまたその前の年も、強烈なアレルギー症状に苦しめられ、全く使い物になりませんでした。今年も然りです。間違いなく苦しみ抜くことになるかと思います。なぜなら、もう既に思いっきり発症しちゃってるから。花粉予報で「もうすぐ花粉が飛び始める」といわれていた2月のはじめにはもう頭がド~ンとしてめまい様の症状が出て、二日間も会社休んじゃったりしました。花粉予想なんか全然当てになどなりません。予報のお姉ちゃんが何と言おうとも、花粉は既に飛んでいる。飛んでるったら飛んでるんです!

  1. 2008/02/22(金) 20:41:50|
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3-3.荷物&同乗者

車重を軽くする。これは誰もが知っている燃費向上法の基本です。不要な荷物は極力降ろして、車を身軽な状態にしてください。
また、不本意にも多くの荷物や同乗者がいるときの運転は、基本的には雨天における運転法に近いのですが、滑走・エンブレの部分に違いがあります。車重が増すことで制動距離が長くなりますので、これを生かすために減速前の定速走行のスピードを落とします。また、滑走とエンブレの比率をエンブレ側に寄せます(エンブレを多用します)。更に、エンジンの低回転域では車をコントロールしきれないので、早めのシフトダウンを心がけます。


<我流解説>

- 積載重量10kgあたり燃費は0.05km/L程度悪化していく。
- 積載重量が100kgを超えると燃費は加速度的に悪化していく。(100kgで0.5km/L、150kgで1.0km/L、200kgで2.0km/Lくらい)

このデータは私のMPVのデータです。不要な荷物を車に載せっ放しにしている例は結構あるもので、ゴルフバッグなどがその代表的アイテムです。また、私個人的にはキャンプ用品などを常に載せている人を知っています。荷物ってのはどんなに軽くてもそれだけのガソリンを余計に消費することは事実ですし、継続すれば結構なガソリン浪費にもつながりますので、車に乗せた荷物はこまめに降ろす習慣をつけてください。

また、荷物と同乗者を対等に扱うのは不本意なことではありますが、同乗者というのは荷物と同様燃費的には非常に厄介な存在で、ミニバンなどに体重のあるオヤジを大量に載せたりすると、燃費は平気で3km/Lくらい落ちたりします。よって、そんなオヤジは極力乗せない・・・・というわけにもいかないでしょうから、不幸にも大人数を乗せてしまったときには次のように対処します。(もちろん、重~い荷物を乗せてしまったときも同様です。)

まず、とにかく車重が増しますので、制動距離が長くなる(エンブレが利きにくくなる)。これを生かすことに専念します。

具体的には滑走・エンブレに十分な車間距離を保つことです。といっても、もともと車重が軽くても滑走やエンブレに十分な距離が取れないのが普通だと思いますので、これ以上伸ばすことは実質的には不可能でしょう。であるなら、減速前までさかのぼって、いつもより定速走行の速度を下げておく。これがお利口な人のエコ運転対応というものでしょう。

次に、ちょこまかとエンブレをかけます。車重があるため、エンブレが滑走に近い状態になってくれる(なってしまう)ので、短時間ならエンブレをかけても車速はあまり減退しません。この性質を利用して、いつもなら滑走で流してしまうようなちょっとした減速のときにもきっちりシフトダウンして燃料をカットする。これを心がけてください。ただ、これを徹底すると、カチャカチャとしたシフトチェンジの操作が相当鬱陶しいことになります。もし同乗者の中にこれに疑義を呈する人がいたら「お前のようなボテッと重い肉の塊を乗せているせいでこんな羽目に陥っているのだ」と言って差し上げましょう。

下り坂などではその特性を最大限に生かすことに腐心します。安全が許す範疇で最大の車速が得られるよう、ブレーキを我慢してください。といっても、過剰なスピードを出すことはやはり危険なので、これまた少しさかのぼって、坂の上にいるときの車速を極力抑える。このようなお利口な対応ができれば本物です。高速ギアでエンブレをかけながらも車速を増す、などといった高度なことができればいうことありません。

とにかく人を大量に乗せると車重があるためにエンジンが低回転では車をコントロールしきれません。上り坂の項でも述べたように、早めにシフトダウンして車を常にコントロールできる状態に保つことが肝要です。

  1. 2008/02/21(木) 21:04:55|
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ブログって不思議

このブログは、年初のブログ開設時にメールでお知らせした昔からの友人知人の方々が読者であることを念頭に、自分のための記録とか自分のための日記といった要素を濃厚に入れながら書いています。(ごく一部の方には、同時にブログを開設していただき、相互に読みあったりしています。やってない人はやろうよ、これ。メール書くより簡単だぜい。)それ以降、新たにこのブログの存在をお知らせした方はおりませんし、毎日新たな文章を書き加えて行く際にも、「FC2ブログのトップページへ更新を通知する」ってチェックは必ず外すようにしてきました。また、その内容だって、こたろサッカー等、私を知らない方にはさっぱり分からないようなことを説明もないままズンズン書き散らかしているため、例え何かの間違いでこのブログにさまよいこんだ方がいらっしゃったとしても、訳が分からなくて去って行かれることは間違いない、というふうに思っていました。それなのに、ああそれなのに、それなのに・・・・どうも私の知らない方がこのブログに立ち寄られて読まれることがあるようなのです。

それを本日、あるきっかけで知りました。会社でいきなり、

「あれ、お前だろ。」

って言われたのです。そりゃあもうあんた、そんときは死ぬほど驚いちゃいました。だってわたしゃ、このブログについて会社では何も言っちょりませんから。だいたい、会社の人間がこのブログの存在を知るなんてことはありえないんですよ。(ああよかった、会社の人の悪口を書いてなくて。)で、この方にどうやってその存在を知ったかを尋ねてみると、「友達に教わった」などと訳の分からないことを言うんです。

「ぐお~、気になるじゃねえか!」

そう思って根掘り葉掘り聞いたところでは、どうやらその方のご友人というのが燃費について興味があって、何がしかのキーワードで検索した際にこのブログが引っかかってきたらしいこと。そのご友人はクラシック音楽にも興味があって、たまたまこのブログそのものに興味を持ってしまったらしいこと。そして、そのご友人とこの方(こちらはクラシックと写真に興味がおありです)とのメールのやり取りの中で、このブログのアドレスを送ったらしいこと。それを読んだこの方が、なんだかピンと来ちゃったこと。・・・というのがことの真相のようです。でもこれって天文学的な確率(変な日本語かも)でしか起こらないようなことだと思うんですけど・・・・・う~ん、世界は狭い!What a small world !

とにかく、普通ならこのブログの存在など知られるはずがないでしょ?もしこのブログが何がしかのキーワードで検索されたとしても、その検索順位は500番目とか1,000番目とか極めて低い順位になるでしょうから、結局読まれることなんてないでしょ?それなのに、ああそれなのに、そ・・・・・ってくどいっての。

あらためてさっき見たら、”最近のトラックバック”とかいうところに、ダスビダーニャについて書かれた他の方のブログにリンクが張られてるじゃないですか。なんじゃこりゃと思って行ってみたら、その文中で私のブログのアドレスがリンクされていました。これ、なんだかメチャメチャ妙な気分。そもそも私、この”トラックバック”ってモノの意味が分かってないんですが、それはともかくとして疑問百出。リンクって無断で張っていいものなの?それとも、ブログってのはそういう文化なの?(いや、私自身はリンク張られたって全然構わないんで、文句を言ってるわけではありません。ブログの常識ってモノを知りたいだけです。)こういうとき、こちらからも挨拶とかのアプローチをかけたりするモンなのかな?じぇんじぇん分かりませ~ん・・・ってことで何もせずに放ってあります。あしからず。・・・・・って、そんなことが言いたいんじゃなくて、このトラックバックの方(変な呼び方ですいません)も、ダスビダーニャのとこだけでしょうけど私のブログを読んだってことですよね。では、この方はどうやってその存在を知ったのでしょうか。やっぱよく分からんわ。もしかして”ダスビダーニャ”で検索すると出てくるの?(特異性の高い単語なんで、これはあり得るかも・・・それでも100番目くらいだろうけど)

とにかく不思議です。なんでこのブログの存在を知りうるのでしょう。見ず知らずの人が読んでいるとなると、思ったこと書けなくなるかも・・・・・って、まあそんなこと気にするくらいなら、ブログなんか始めてないってば。(^_^;)
ただ、今後妙なところから妙ないちゃもんがつかないように、人物を特定できる可能性のある画像はとりあえず全て削除しておきました。老婆心っぽいけど念のため。

  1. 2008/02/20(水) 21:53:14|
  2. その他
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栃木SCとの練習試合

宮崎キャンプから帰ってきたF・マリノスの仕上がりっぷりを見てこようと、先週末の土曜日、栃木SCとの練習試合が行われたマリノスタウンまで行ってきました。

私が見たのは後半だけだったし、続いて行われた慶応大学との練習試合は見ませんでしたから、この日ずっと観戦された方とは感想が異なるかもしれませんが、なんだか全然冴えませんでした。前半は3点入れたそうなんですが、少なくとも後半はあまりいいところもなく、「これじゃあちょっとなあ」っていう気分が私を支配しました。

まずはいいところを必死に探し出してコメントしますが、勇蔵はいいっすね。全盛期の直樹みたいでした。その調子で成長し続け、来年くらいにはプジョルを追い抜いちゃってください。お願いします。・・・いいところはこれでおしまい。目を皿のようにして見ても、いいところはこれしかなかったんだから仕方がありません。

んじゃ次に悪かった点ですが、なんだか全体的に切れがありませんでしたね。JFLチーム相手に攻められっぱなしの時間もありました。皆疲れていたんでしょう。でも、とにかく切れがなかった。これが全体の感想です。

ロニーってどんな選手なのか楽しみにしていたんですけど、「なんだ、オフサイドの専門家か」なんて思っちゃいました。ただ、これってすばらしい飛び出しと紙一重のプレーなんで、パスの出し手とのコンビ次第ってところもあります。代表行ってていなかったけど、トップ下が功治だったらもしかするともしかするかもしれません。

前日のキクマリではいいところを見せていたアーリアですが、なんだか妙に身体が重そうでした。水沼もそれなりに走ってましたけど弾けてはいなかった。やっぱみんな疲れてたのかな?

あと、これは絶対に認めたくないんですが彼の衰えが・・・以前ならあんな抜かれ方は絶対しなかったのに・・・・いや、やっぱ認めたくないので認めません。この日は調子が悪かったんでしょう。そう思うことにします。彼のいないマリノスなんて、今のおいらには想像できないし。

  1. 2008/02/19(火) 21:00:33|
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レンズのサンプル画像

購入前のレンズの力量を確認するために、最も有効なのはどのような方法でしょう。もちろん当該レンズで試写してみるというのが一番なのでしょうが、実際にはそういう機会ってほとんどない。となりますと、誰かが同じ機材で撮影した画像を見てそれを判断するしかありません。

通常、そのレンズを使用した実画像をサンプル画像という形でレンズメーカーが提供しています。ただ、レンズメーカー提供の画像って、大抵は光の状態が最高の時と場所を選んで撮られております。また、例えばポートレートなんかのサンプルでは、被写体となる人物の肌を美しく磨き上げ、光の当て方を吟味しぬいているばかりでなく、私が普段子供たちを撮っているよりもずっと寄って撮ったりしておりますので、ある意味綺麗に撮れるのが当たり前ですし、それを信じてそのレンズを実際に購入した際には、結構失望につながったりします。そんなわけで、私は個人的にメーカーの提供するサンプル画像というのはあまり当てにならないと思っておりますので、これを参考にすることはありません。その代わりに、ネット上によく公開されている素人の方々が撮影した画像を参考にさせていただいております。

素人の方々の写真って、本来的にはレンズ評価のために見ることが多いのですが、なんかこう評価以前に見ているだけで楽しかったりします。また、素人の人とはいえプライドはあるでしょうから、まさかわざわざ汚らしい写真を選んで掲載する訳もありませんし、数多く撮った写真の中から自分なりに綺麗に撮れたと思える写真を公開しているはず。よって、評価という観点からは、自分がこのレンズを用いて「綺麗に撮れたときにこれくらい」というつもりでその画像を見れば、そう大きくは外れていない評価を下すことができます。

サンプル写真の中でも、私が重視しているのは”人の顔”です。それも等倍表示で画面全体に全身が収まりきらない程度の距離にいる人の顔。これくらいの画像で見ると、それこそAPS-Cとフルサイズの差などテキメンに分かりますし、その画像がトリミングに耐えられるかどうかなど、私の撮影スタイルに合致するレンズなのかどうかの判断も容易にできます。

ちょいと話が脱線しますが、等倍画像がどうのこうのと言うと、すぐに頭から湯気を出してこれを否定する方がいらっしゃいます。端(ハナ)から”等倍鑑賞”というものを否定して「写真は部分でなく全体をみるものだ」と強弁する。私はこの姿勢を理解出来ないでいます。なぜならこれ、”話の摩り替え・ねじ曲げ”でしょ?だってこれ、鑑賞じゃないモン。評価だもん。それに、たとえ鑑賞にしたって、例えば絵画の鑑賞について考えてみてください。絵画ってのは遠くから全体を堪能するだけでなく、近づいて筆のタッチや色使いを見たりもするじゃないですか。全体と部分との相関に絵画の妙がある。それを否定するんですか?写真だってトリミングという手法があるでしょ?となると、等倍レベルでの描写力がたちまち問題になってくる。それも否定するんですか?

念のため言っておきますけど、私は「等倍だけに着眼し、全体は見ない」とは一言も申してはおりません。全体と等倍を行ったり来たりしながら、「部分でこのように見えるとき全体はこうなる」「全体がこのように見えるとき、部分はこうなっている」という相関を追求して行く。こんなの、視覚に訴える芸術の構成要素を突き詰めて行く上で当たり前のことでしょ?それに、言ってしまえばデジタル画像なんて単なるドットの集合体じゃないですか。即ち、全体を評価するってのはワンクッションおいた間接的評価に過ぎないわけで、部分を見てドットを直接評価するのは当たり前の行為だと思うんですけど。

大体こういうことを仰る方というのは、実際にはフルサイズを持っていないメーカーのAPS-Cカメラの所有者であったり、EF70-200mmF2.8L ISみたいに等倍にからきし弱いレンズの所有者であることがほとんどだったりしますよね。要するに、劣等感の裏返しなんでしょう。それを本能的に感じているからかどうかは分かりませんが、自分が持っている機材の否定につながりそうだから認めたくない。いやな部分を認識したくない。・・・いや、そのお気持ちは分かりますよ。でもね、だからといってわざわざ等倍を否定するなんて、あまりにも無理があります。デジタル画像の構成要素であるドットの直接的評価を否定するなんて異様に不自然ですし、だいたいそんな偏った意見、万人の賛意を得られるわけないでしょ。

って、私がムキになってもしょうがないので、話を戻しますが、とにかく等倍チェックはデジタル画像に対するレンズ評価の方法として極めて有効です。これを繰り返せば、「このレンズならどこまでいける」と、引き伸ばしやトリミング耐性などが撮影前から感覚的につかめるようになってきます。

それだけではありません。例えば立体感や空気感。この数値で表現しようのない感覚的な指標だって、実はこれらが等倍での解像力に思いっきり比例するってことが経験的に分かってきます。コンデジだと画像が平面的に見えちゃうでしょ?また逆立ちしても、空気のしっとり感とか、その場の雰囲気など出てこないでしょ?それがデジイチだと不思議に感じとることができる。それも解像力に優れたレンズほど感じられる。これは動かしようのない事実なんですから。

こんなこと書くと、また劣等感にまみれた輩がゴキブリみたいにしゃしゃり出てきて「数値で証明しろ」などと言い出す。でもこんなの、あくまで感覚的で経験的なものなので、数値での証明などできっこありません。だからこちらもわざわざ”数値で表現しようのない”って書いているわけです。それに、とてもじゃないけど面倒くさくて、こんな感覚的なことをいちいち理論で説明しようなんて試みようとも思いません。こんなの、ただ素直に感じとれればいいだけのことだし、こういうことを感じ取れる普通の感受性を持った人とだけ話をしたいと思ってます。鈍感な方、画像から立体感や空気感を感じとることのできない感受性に乏しい方は、どうか黙ってこのブログからお引き取りください。

って、またムキになっちゃいました。ごめんなさい。

ともかくこの等倍チェック、レンズ評価に有効なので一度お試しください。何度も続けているうちに、きっといろいろな新事実に気づくようになり、更に今までバラバラに理解してきた多種多様なことが感覚的につながりを持つようになってくると思います。

  1. 2008/02/18(月) 21:05:56|
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川崎フロンターレ

これまで神奈川のJリーグ3チームについて触れてまいりましたので、残りの1チーム、川崎フロンターレにもコメントしてみます。

フロンターレの本拠地は”等々力競技場”です。以前はヴェルディとかいう浮世離れしたでたらめチームがここを本拠としておりましたが、既に皆様ご承知の通り、一時の浮かれムードに乗ったこの阿呆チームが阿呆であるが故に東京がどうだとか抜かし始め、あろうことか本拠地である川崎を捨て(←この一事を持ってしても、この阿呆チームにサッカーというものが分かっていないということが分かる)、東京(と言っても稲城市ですが)の味の素スタジアムに本拠地を移したはいいものの、軽薄短小を絵に描いたようなゴキブリサポどもに見放されたのを機に、味スタでは味スタでFC東京に弾き飛ばされそうになっているという八方塞状態で、まさに「ざまあ見ろ!」って感じなのですが、それはまあともかくとして、フロンターレの本拠地は等々力なんです。(なんのこっちゃ)

過去3年間、私はこの等々力に10回以上通っています。そのうち、横浜F・マリノスと対戦した試合はたったの1試合で、それ以外の試合は全てタダ券を仕入れてはホーム側に陣取り、フロンターレの応援をするようになっておりました(心の中でだけど)。三ツ沢に行きまくって逆に嫌いになった横浜FCなんぞとは異なり、フロンターレの方は等々力に行くたびにこのチームを応援する気持ちが増幅していったからです。その要因は二つ。ひとつは「関塚監督」、もう一つは「サポーター」です。

このチーム、J1に昇格したあともJ2にいたころとほとんど同じメンバーで戦い続けたにもかかわらず、今ではJのトップチームの一つに数えられるまでに成長を遂げました。他チームの主力選手を引っこ抜くしか能のないどこかの真っ赤な山芋チームなんぞとは異なり、自前で選手を育てながら一流の結果を残す。その名采配をふるってきたのが関塚監督でして、ジュニーニョというとんでもない選手がいることも幸いしておりますが、マリノスが契約しなかった谷口の才能を見抜き、生え抜きである中村憲剛を代表不動のボランチにまで仕上げ、川島にはシーズンを通じて自分の殻がバリバリと破けるような怒涛の成長を遂げさせるなど、選手たちがそのときの精一杯の実力を発揮しながら生き生きとピッチを飛び回るチームであり続けているのは、この監督の力量以外の何ものでもないと考えています。その成長過程を私はタイミング良くこの目で見てきちゃったわけでして、一度こういう”人”並びに”組織”の成長する様を目の当たりにしてしまうと、なかなかそこから目が離せなくなるってのは人情というものでしょう。

サポーターの応援もまた、私の好みでありました。同じく何度も通ったということでまた横浜FCを比較対照に取り上げますけど、何事も人のせいにするしか能のない落ちこぼれ学生がひねくれて憂さ晴らししているかような疎外感大爆発という感のある拗ねたガナリ声を上げるだけの横浜FCサポなんぞとは全然違って、フロンターレサポにはなんかこう周りを引き込む一体感をかもし出している独特の雰囲気があります。子供たちと見に行くとその差は歴然で、排他的臭いがプンプンする横浜FCのサポには近づきもしない子供たちが、フロンターレサポには自ら積極的に入っていって一緒になってピョンピョン飛び跳ねながら応援するのです。あのサポーターたちの応援には、子供たちを自然とそうさせる何かがあるのだと思います。

こんな調子なんで、私は勝手にフロンターレをよきライバルだと思っています。
バカ丸出しのヴェルディなんかはもう既にライバルでも何でもありませんし、マリーシア系のウンコラやズビロは「勝手にピッチを転がってれば?」、山芋に至っては「ヴェルディに代わって阿呆新聞の参加に入ったらどう?」って感じですからね。

同じ神奈川県のチームとして、よきライバルとして、真っ当かつ真摯にサッカーと向き合っていきましょう。ここに平塚と手を切ったベルマーレが加わればもう鬼に金棒です。歴史を振り返ってみれば、江戸時代末期、サッカーは横浜の港に初めて上陸し、日本国内へと伝わっていったのです。(神戸という説もありますが、神戸の方は外国人のみで行われていました。)

「しずおか?さいたま?なんだそれ。サッカーの本拠地は今も昔も神奈川だ!」

名実ともにそう言える日が来ることを信じてますです。

  1. 2008/02/17(日) 21:58:17|
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古典派

「バッハ、モーツァルト、ベートーヴェンといった古典派の音楽は聴かない。」

このブログでクラシック音楽を取り上げた当初はそう書きましたが、この言い方は正確性を欠きます。極めて限定的ではあるのですが、こいつらの音楽の中で聴いている曲があるからです。


まずはバッハ。基本的にバッハの曲は古典派の中でもあまりに古臭くてほとんど聴かないのですが、たった一曲だけ例外があります。それは「マタイ受難曲」、それもリヒター指揮ミュンヘン・バッハ管弦楽団・合唱団による1958年版の演奏です。

私、聴きもしないくせにバッハのディスクって結構持ってます。ミサ曲Bマイナー、ブランデンブルグ協奏曲、そしてゴルトベルク変奏曲をはじめとするグールド演奏のピアノ曲全般・・・・・もちろん全て一度は聴いてみたものばかりなんですけど、一つ残らず全然分かりませんでした。何でこんな曲が現世にまで生き残ってきたのか、さっぱり分からない。あまりに分からないので、今では全然聴きもしなくなっちゃってます。

それが、マタイ受難曲だけは違いました。一度聴いても分からなかったのは他の曲と同じなんですが、この曲には「もう一度聴いてみてもいいかな」と思ってしまう何かがあったのです。そして、日をあけては聴いてみる。こんなことを何度か繰り返していたある日、突然キラメくような雷鳴が私の脊髄を直撃し、ズズーンとした感動が私を包み込んで「この曲はすごい」と感じてしまったのです。

実は感銘を受けたのはそのときだけで、それ以降、また元に戻ってしまいました。あれ以降、再び聴いてみても別に感動するわけでもない、でもなんとなくもう一度聴いてもいいかなと思う・・・・こんなことはこの曲以外に経験したことがないので、自分で自分の感覚を説明することもままならず、ちょっと戸惑ったりするほどです。ただ、やはり一度感動してしまったという事実は消えることはありません。そのときの体調、気分がこの曲とシンクロしたとき、選り得ないレベルの感動が自分を包み込む。その感覚をまた取り戻そうと、忘れた頃にまた聴いてみる。これまではそれをずっと繰り返してきました。今後も繰り返すことでしょう。だってこの曲、ハマればすごいんですから。


モーツァルトもバッハと同じく、たった一曲だけ聴く曲があります。「レクイエム」です。モーツァルトはこの曲の作曲中に亡くなり、しょうがねえからってんでこの曲の後半は弟子が補筆したため、その後半部分は凡庸だと言われる向きもあるのですが、私は特にそうしたことを感じません。なんたって、モーツァルトそのものが凡庸だと信じて疑ってないくらいなので、”後半は凡庸”だか何だか知りませんがそんなことはどうでもいい。とにかく私はこの「レクイエム」だけは聴けるようになりました。(意味分からん!)

レクイエムのディスクは6種類ほど持っています。それを聞き分けているうちにこの曲への抵抗がなくなっていったのですが、だからといってこの曲に心底感動したというような経験は今まで一度もありません。この曲を聴くにしたって、ただ単に「まあたまには聴いてもいいかな」くらいのもので、まあ他に聴こうという曲もないようなときに消極的な気分でこの曲をかけるくらいなものです。その他のモーツァルトの曲は聴いているだけでムカムカしてきますので、それに比べれば何ぼかましといえましょうが、私の中でのモーツァルトなんてものは、どこまでいってもそんなものです。


最後にベートーヴェン。彼の曲は何曲か聴きます。といっても、聴くのは全てシンフォニーで、交響曲第4番、第5番、第7番の3曲だけです。それもカルロス・クライバー指揮による演奏しか聴けません。

交響曲ではこの他にも有名なのがいろいろありますが、例えば交響曲第3番「英雄」などは世紀の大駄作だと思ってますし、第6番「田園」などは聴いていると弛緩しきってオシッコばかりかウンコまでもれちゃいそうになりますし、第9番「合唱つき」に至っては、何でこんな曲を年末にやることが定番化しているのかさっぱり理解できないでいます。また、交響曲以外では、ピアノコンチェルト第5番「皇帝」とか、ミサ・ソレムニスとか、巷で感動を呼び起こしているらしい曲も何種類か聴いてはきたんですけど、結局のところ何も感じることはありませんでした。

また、カルロス・クライバー以外の奏者について言及するなら、例えば交響曲ではフルトヴェングラーというオヤジがベルリンフィルやウィーンフィルを振ったモノラル録音が一部で熱狂的支持を受けております。私は彼のディスクも一通り持ってたりするんですけど、やはり全然聴けません。ぶっちゃけいうなら、あんなじいさんを崇拝する人々の気が知れません。情報量の極めて少ない音質最悪のモノラル録音にごまかされているだけなのではないでしょうか。妄想好きのオメデタイ頭の持ち主が録音に足りない部分を自分の頭の中で勝手に補足して、勝手に感動しているだけだと思うんですが・・・・・違いますかね?


というわけで、これら3人の演奏を全く聴かないと申し上げたのは誤りで、ごく一部をたまに聴くことがあります。ただ、やはりこいつらは既に終わってる作曲家なので、博物館を見学する気分で聴くにとどまります。古典派ってやっぱどうにもなりません。

  1. 2008/02/16(土) 20:04:21|
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3-2.ビーコン

あなたの車にVICS機能を持ったナビが搭載されているならば、ビーコンユニットを装着してください。


<我流解説>

渋滞情報には、ナビのHDD/DVDにあらかじめ保存・記録されている情報、FM多重放送情報(都道府県単位)、そして周辺の渋滞詳細に特化したビーコン情報があります。ナビを購入すると、前二者は購入時にたいがい付いておりますが、後者のビーコンユニットだけはオプションの設定であることがほとんどです。これを導入すると2万円を超える出費となりますので、こりゃたまらんということでつけない方も数多くいらっしゃいます。でも悪いことは言いません。つけた方がいいッス。ビーコンのないナビなど、宝の持ち腐れです。(って、ちょっと大げさ)

これもコストパフォーマンスとか言い出すと判断に迷いますが、もともとナビそのものがコストパフォーマンスの低い(?)ものでしょ?ナビなんかただの地図帳&ラジカセのくせに(卑下しすぎ?)、その価格たるやなんと30万円!?なんじゃその価格設定は!まともに考えるとそう言いたくなる程高額です。が、実のところは、ナビという代物はコストでは説明できないけど、なんだか必要。なんだか欲しい。ないと困る。そういうものだと思います。ビーコンも然りです。あるとないとでは渋滞対応力に大きな違いが出てきます。上記前二者の提供する渋滞情報など、田舎の県庁所在地でもない限りはまるっきり使い物になりません。ビーコンがあって初めて渋滞情報が生きてくる。これは紛れもない事実ですし、これを利用しない手はないでしょう。

あなたは目の前に渋滞が発生していたらどうしますか?みすみす渋滞にはまるタイプですか?それとも抜け道開拓に命を燃やすタイプ?

ビーコンで渋滞情報を拾うと、余裕を持って渋滞考慮の別ルートをナビに探させることができます(渋滞を感知したら、ナビが勝手に抜け道を探してくれます)。また、ナビの指定する抜け道は限られておりますので、渋滞が前もって分かった段階で、行ったことのない脇道を試してみるといった冒険頻度が増えます。ナビが指定していない交差点で突然曲がり、抜け道を求めてさまよい走る。ナビを搭載しているんだから道に迷う心配だけはありません。そうやって試した道の中から、自分だけの抜け道を発見することも一度や二度のことではない。こうした別の楽しみも出てきます。

渋滞を避けようとしたばかりにどんなにドンくさい道を走ってしまったとしても、渋滞より燃費が悪くなることはほとんどありません(ただ、その分余計な距離を走りますので、燃料消費量そのものは増えちゃったりするかもしれませんが・・・(^o^;)・・・・・エコじゃねえじゃん、それ)。大概は渋滞より早く目的地に着きますし、確実に燃費は向上します。そんなあなたの冒険心に火をつける間接的燃費向上アイテム、ビーコンユニット。渋滞に突っ込んでいく頻度の高い都会の方には特にお勧めです。

  1. 2008/02/15(金) 21:29:56|
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デジタルフォトフレーム追記

サムスン製SPF-83Hについて、昨日は「シアンとマゼンダが強すぎて、ちょいと色が気に入りません」と書きました。この記述をそのまま読まれたら、普通は「製品の色のバランスがおかしいのではないか」と考えてしまうように思いますが、もしそのように受け取られていらっしゃるとしたらそれは誤解です。すいません。私の記述が至りませんでした。これはどちらかというと私固有の問題なので、この製品の名誉のためにも、この点少しフォローしておきます。

この世で市販されているどんなデジカメでも、オートホワイトバランス(AWB)では私の好みの色味を出すことはできません。これはデジカメのAWBがいい加減だからというよりも、私の色の好みが偏っているからと言い切ってしまっていいように思います。もう少し具体的に申しますと、通常、デジカメでJPEG撮影をすると、例外なく私の好みより赤黄色っぽく仕上がります。この傾向はコンデジで室内撮影などすればテキメンで、私はいつも、こうした画像を色温度を下げる方向で補正します。この補正をすると、画像全体がすっきりする代わりに、例えば人肌の温かみがなくなります。夕景画像が真昼間の画像になるイメージです。その場の雰囲気よりも色の偏りのないクリアさを追求している結果です。(簡単に言うと、自然光だろうが人工的な光源だろうが、色がかぶった状態が大嫌いなんです。)

更に、私が今使用しているモニターについてもコメントが必要です。このナナオ(EIZO)のモニターって、他のモニターと比べて色温度を高めに表示する傾向にあります。私のモニターで美しい人肌に見える画像も、他のモニターで見ると人肌の温かみがなくなって、少し寒々しい感じがしてしまうことがわかっています。にもかかわらず、私は他のモニターで表示されたときのことなど一切考慮に入れず、自分のモニターで表示される画像が最も美しくなるようホワイトバランス(WB)の補正をしているのです。

デジカメのAWBで得られる色温度は平均すると6500Kくらいのところにくるように設定しているそうなんですが、私は上で述べたような環境下で自らWBの補正をしているものですから、実際に私が設定するWBは、これまで調整してきた全ての画像を平均するとだいたい5000K前後になるかと思います。被写体が冬の夕日にモロにさらされている場合など、4000K近くまで下げちゃうことだってあるくらいです。要するに、これまで調整してきたの手持ちのJPEG画像って、色温度をちょいと下げすぎの画像ばかりになっちゃってるわけです。

もう一つ、この傾向に拍車をかける要素があります。このサムスンの液晶は私のモニターとは正反対の傾向、即ち、色温度を低めに表示する傾向にあるようなのです。試しに昔のJPEG撮りっぱなし画像をもってきて、そのままこのフォトフレームで表示してみますと、私のモニターでは赤黄色くてしょうもなかった画像が、見事に美しく表示されます。私のモニターだと明らかに赤黄色く着色している白い壁が、他のモニターですら着色が明らかな壁が、このフォトフレームでは真っ白く写るのです。(実はこの事実に大変驚いたため、こんな文章を書き始めた次第。)

というわけで、コンデジ全盛の現在、このサムスンのデフォルト設定は見事なものです。JPEG撮りっきりで画像の調整などするはずもない圧倒的多数の方々にとっては、文句のない出来かと思います。モニター上では何だか赤黄色く見える画像を見事な色味で表示することになるからです。

繰り返しますが、昨日書いた「シアンとマゼンダが強すぎて、ちょいと色が気に入りません」というのは、色温度を下げ過ぎた傾向にある画像をそのまんま表示したときの印象です。これって、妙な癖を持っている私にとってはちょいと厄介な問題なんですが、不特定多数の方々にとっては大変よくできた商品と言えましょう。そこんとこ、お間違えのなきように。

祖父母に進呈するため、今1,000枚近くの画像を選んで、WBをセッセと上げているところです。ついでだから、全画像を800x600にトリミング&縮小かけてます。と書くとなんだか大変そうに聞こえるかもしれませんが、同じ作業を繰り返すだけなので、1枚1枚はあっという間に終わります。会社から帰ってきてからの作業になりますが、明日には1,000枚、全部終わることでしょう。

今日は半分の500枚で作業を終了させました。で、その分をCFに仕込んでフォトフレームにセット。早速表示させてみたのですが、・・・・すごくいいっすね、これ。なんだか祖父母にくれてやるのが惜しくなってきました。あげちゃうの、やめようかな。

  1. 2008/02/14(木) 20:40:58|
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デジタルフォトフレーム

デジタルフォトフレームなるものを購入してみました。サムスン製SPF-83H。先日来、池袋のビックカメラ、新宿西口ヨドバシカメラと回って在庫切れだったんですが(ネット上でも探しましたが、ことごとく在庫切れ)、本日、新宿西口ビックカメラでついに在庫を発見し、購入しました。(新宿ビックには在庫があと3台あるみたいなので、買いたい人は新宿へGo!)

もともとデジタルフォトフレームには興味があったんですけど、最初は5インチ品とかが多くて、大きさ的に今ひとつと思っておりました。それが昨年くらいから7インチ品が出回り始め、買っちゃおうかなと思ったこともあったのですが、表示サイズが最高でも640x480、普通はそれ以下のものが多かったために、その目の粗さが今ひとつ気に入らず購入を躊躇しておりました。そこに今年、8インチで800x600ドットのものが出てきたので、購入を決意した次第です。

最初は祖父母へのプレゼント用です。

これは私がよく使う手で、8インチで800x600ドットってのに完全に満足しているわけでもないんですけど、とにかく購入して使ってみないことにはその良し悪しが本当のところで実感できないでしょ?だから、とりあえずそれなりのものが出てきた段階で買ってみるわけです。そしてそれをある一定期間使ってみる。その上で、満足したらそれを使い続けますし、もう少し進化するのを待ってみようと思ったら、それを誰かにプレゼントするのです。もともと見切りで購入に踏み切っておりますので、大抵の場合、心から満足することはありません。よって誰かにプレゼントする頻度も高くなる。そんなもの、もらう側はありがた迷惑・・・ってわけでもなく、一応自分で使い続ける可能性も見据えて購入したものですから、相手さえ間違えなければそれなりに喜ばれます。

また、その機種はプレゼントに化けるのかもしれませんが、それだけで役目を終えるってわけでもありません。購入機種を自分で試している間、何が不満なのかを定量化し、「自分で使うならこれくらいのスペック」という見当をつけることができるからです。そして後日、自分が満足するスペックが世の中に出てきたときにそれを購入。その新機種を晴れて自宅で使うという寸法です。

話を戻します。

フォトフレームに入れた写真はもちろん家族の写っている写真です。サッカーとか風景とかを除いて、家族写真だけを過去からかき集めてきますとだいたい2万枚くらいになるのですが、その中から下記のように分類したカテゴリー毎にそれぞれ100~1,000枚くらいの写真を選出。それぞれの画像を適当にリサイズして、我が家に転がっているもう使わなくなった小容量メディアに入れていきます。

  > 我が家の歴史(結婚~現在)
  > 帰国後のゆたろこたろ(2003年~現在)
  > 2007年の我が家(2007年)
  > 直近のイベント

そして、その日の気分によってメディアを変えながら、これをスライドショーで表示するのです。

使ってみるとこれがなかなかなもの。解像度的にはいけます。ただ、シアンとマゼンダが強すぎて、ちょいと色が気に入りません(色の調整が出来ない仕様)。また、4:3という縦横比がちょっとデジカメっぽくて(デジカメやんけ!)、「縦横比3:2の商品があったら」などと仮定してみると絶対にそっちを購入すると思われましたので、結局これはプレゼント用になりました。別に色は画像のイエローを強くして(色温度を上げて)仕込めばいいだけだし、縦横比なんてこのまま3:2の画像を表示させてもいいんですけど、なんだかちょっとね。そういう小賢しいことしなきゃならないところがね。ワイド画面って流行りでもありますし、今年中にどこかのメーカーからもっと美しい色味の3:2の製品が出てきそうな気もしますんで。もしかすると今年末、我が家のテーブルの上ではデジタルフォトフレームが写真のスライドショーを表示しているかもしれませんね。

  1. 2008/02/13(水) 20:55:17|
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湘南ベルマーレ

サッカーのカテゴリーだというのに写真の話題ばかりが続きましたので、ここらで一つ、純粋なサッカーの話題を取り上げようと思います。

神奈川県にはJリーグに属するチームが4つあります。J1の横浜F・マリノス、川崎フロンターレ、そしてJ2の横浜FCに湘南ベルマーレの4チームです。この中で、私のご贔屓チームはもちろん横浜F・マリノス。ただ、湘南ベルマーレに対しても一種独特の感覚を持っています。

Jリーグが発足した翌年にあたる1994年、ベルマーレ平塚(湘南ベルマーレの前身)はJリーグに昇格いたしました。その本拠地である平塚総合競技場は私の会社から車で30分かからないようなところにあることもあって、水曜日開催の日には何度か観戦に行ったもんです(当時のJリーグは水曜日の試合が当たり前のように組まれておりました)。このチームには元ブラジル代表ベッチーニョをはじめとして、エジソン、野口、公文、田坂、岩本、名良橋、名塚、小島などなど、個性のある選手がこれでもかってくらい揃っておりました。これを率いるのは小前田監督。この名将の下、DFである岩本や奈良橋が「得点王を狙います」などと平気で公言してしまうような破天荒のサッカーをみせてくれておりました。翌年の1995年には中田英寿も加入。このとき、ベルマーレの前途は洋洋に見えました。その後私は渡米し、そのまま米国で生活。2003年になってようやく帰国したのですが、その間、ベルマーレは無残な歴史を残していたのです。

まず、親会社のフジタが撤退。これが主力選手の大量解雇へとつながり、そのままなす術もなくJ2に陥落したそうです。これ以降、このチームが一度もJ1に上ったことがないのは皆様ご承知の通りですが、これほどの無惨な状況を生み出した背景には、平塚市民の比類のなき鈍感っぷりがあったそうです。なんたってこいつらときたら、危機的な状況にあるベルマーレの支援にろくすっぽ手を貸さなかったそうですから。私はそれを直に確認したわけではありませんが、未だにあのJリーグ一貧相と思える平塚総合競技場の設備を見れば、その話が真実であるということが容易に想像できます。

平塚に一度行ってみれば誰でも分かるかと思いますが、市内の雰囲気はとにかく”どよ~ん”としています。何の覇気も感じられない片田舎の集落。そんな感じです。七夕祭りという古臭い祭りが唯一の観光資源というお寒い土地柄でありながら、自ら何かをするでもない。自分の生活が悪くなるのは、いつだって「政治が悪い」から。そのくせ河野洋平・河野太郎の地元で自民党べったりを続けているんですから、もう訳が分かりません。ベルマーレ平塚のような強豪チームが”オラが街”にあるんだから、それを元に盛り上がればいいのにそれすらしない。それどころか、あれだけのチームを崩壊寸前にまで追い込んでおいて、一片の罪悪感も感じていない。こういう自力では何もできない親方日の丸思想にどっぷりとつかった田舎モン連中ってのは私の毛嫌いするところであります。こういう土地の空気を吸うのもなんだか汚らわしいので、毎日車通勤で平塚を通過しなければならない身ではありますが、平塚市内を通過する際には空気を車内循環にした上でなるべく息をしないようにしているくらいです。

さて、J2陥落後のベルマーレ平塚は湘南ベルマーレと改称し、これに併せてホームタウンを周辺市町村へと拡大しました。具体的には藤沢市、茅ヶ崎市、厚木市、伊勢原市、小田原市、秦野市、寒川町、大磯町、二宮町が加わったのですが、これによってせっかく都会の香りのする大都市までが一部加わってきたのですから、いっそのことホームスタジアムを藤沢市か茅ヶ崎市あたりの競技場に移して、愚鈍でくるくるパ~の平塚市をホームタウンから外しちゃえばよかったのに、と思うのは私だけでしょうか。

神奈川県西部に行ってみれば分かりますが、平塚って周辺からメチャクチャ嫌われてるんですよ。閑静な別荘地である大磯とかサザンビーチを抱えている茅ヶ崎とか、周辺の有名市町村を合併して政令都市化しようという動きが持ち上がるたびに、無神経な平塚がしゃしゃり出てきてはぶっつぶれている。あんなしょうもない泥臭くて大局観のかけらも持ち合わせていない都市と合併することなど、誰も望まないからです。そのくせ、自分がどうしようもない存在であるという自覚もない。まさに言語道断なんです。(以上、近隣住民談)

もしこれが本当なら、湘南ベルマーレさん、何らかの形で平塚なんぞ捨てちゃってください。そうしなければいずれあなたはダメになっちゃいますよ。そのうちJ2とJFLの入れ替え戦なんかも始まることでしょう。そのときJFLに陥落してもいいんですか?更に連続で神奈川県リーグへと陥落しちゃったりしても構わないのでしょうか。・・・・あなたが平塚を本拠地とし続ける限り、こういう悲劇は避けることができないでしょう。別に現時点でのホームだからって平塚なんぞに義理立てする必要なんかありませんよ。本当の危機のとき、あの市は特に何にもしてくれなかったんですから。単なるクソわがままさが発端のヴェルディの本拠地移転とは全然違って、ベルマーレの移転は誰もが納得してくれると思いますよ。

さあ、疫病神の平塚を捨て、名門復活です。そのとき、私はまたあらためて応援に行かせていただきます。そして、J1に復帰したら、今度は横浜F・マリノスとの激突。往年の日産対フジタという黄金カード復活です。そのとき、私はもちろんF・マリノスを応援しますが、ベルマーレにもがんばっていただきたい。正々堂々とやりましょう。

  1. 2008/02/12(火) 21:06:29|
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オーケストラ・ダスビダーニャ 第15回定期演奏会

本日、オーケストラ・ダスビダーニャの定期演奏会を聴きに、池袋の東京芸術劇場まで出かけてきました。このオケはショスタコーヴィチの曲に特化して演奏活動を繰り広げているアマチュアオケで、今日の演目は以下の通りです。

  ・ノヴォロシスクの鐘
  ・交響曲第9番 変ホ長調 作品70
  ・交響曲第11番 ト短調 「1905年」作品103

私がこのオケを聴くのは2回目なんですけど、初めて聴いた前回の定演でもういきなりこのオケがメチャお気に入りになりました。とにかくこのオケ、鳴るんです。特に管。技術的にはアマのトップクラスにあることは疑いないと思いますし、ここまで聴衆に音圧を感じさせてくれるオケって、プロでもなかなかないのではないでしょうか。

東京芸術劇場を本拠地にしている(?)のも、なかなかの選択です。昨年は確かパイプオルガンがむき出しになっていたのが、今年は音響ボード(っていうのかな?)を宙に配し、オケの音がよりストレートにズバッと客席へと届くようになっていました。このホールについて、私はこのオケしか聴いたことがないので今ひとつ判断しきれない部分はありますが、オケもホールもどちらも図抜けているんじゃないかと思います。(ただ、このホールの椅子だけはいただけません。ケツが死にかけました。去年もそう思ったんだけど、取り換えてくんないかな。)

本日圧巻だったのは、やはりメインの11番です。ショスタコの中では比較的なじみの薄い曲だったので(この曲のCDは2種類しか持ってません)、先週ずっと予習してきたんです。集中して5~6回は聴いたでしょうか。そうまでして臨んだ演奏会。これがまたあなた、すんばらしかった。期待を裏切らなかった。いや、期待を遙かに上回っていた。どんなにいいオーディオでも絶対に再現できっこないような圧倒的な音圧、生でしか味わえない迫力とでもいいましょうか、私がオケの生演奏に求めて止まない醍醐味をこれでもかってくらい堪能させていただきました。

観客も良かったです。どんな演奏会でも大抵は「曲が終わったらまず真っ先にオレが拍手をし始める」などと勘違いして残響音を台無しにしてしまう、音楽というものがまるで分かっていないおバカな野郎がいたりするものですが、今日はそういうのが一人もいなかった。余韻を残しながらホール内にこだまする鐘の音が最後にフッと消え去るまでの10数秒間は至福の時間でした。数年前にモントリオールの教会で、やはりお利口な観客によって味わうことのできたMSOの残響音にも似たあの感覚を、今日は思う存分味わうことが出来ました。正直震えましたよ、これ。みなさん、ありがとう。

パンフレットを見ると、来年の定演では10番をやるそうです。・・・10番と言えばあなた、ショスタコのシンフォニーの中でも私が最も愛して止まない交響曲ではありませんか。というわけで、もう早速、来年のスケジュールを抑えちゃいました。ついでですから、ここでも紹介しちゃいましょう。(無断で書いちゃって申し訳ありません。)

  オーケストラ・ダスビダーニャ 第16回定期演奏会
  2009年2月15日(日)昼
  東京芸術劇場大ホール
  指揮:長田雅人  曲目:交響曲第10番、森の歌 他

皆様、お誘い合わせの上、ご来場下さい。(って、おいらは関係者じゃないんだけど)
あと、オケの皆様、引き続き精力的な演奏で、我々を魅了させて下さい。よろしくお願い申し上げます。

  1. 2008/02/11(月) 21:36:52|
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3-1.燃費計

エコ運転者たるもの、燃費計はぜひご購入ください。エコ運転をマスターするまでの期間が飛躍的に短縮されて、燃費追求に多大な効果をもたらすのはもちろん、そんな堅苦しいことを抜きにしても、何よりもこれ面白いです。


<我流解説>

例えば、ガソリンを節約するある方法を思いついたとします。その方法が本当に効果があるのか、ぜひ確かめたい。しかし、満タン法では何百キロも走行しなければその効果を確かめることができません。いや、実際問題として給油毎に走行条件をそろえられるわけではありませんので、給油一回だけでその効果を正確に確かめることはできないでしょう。

燃費計があると、その結果がたちどころに分かります。それ以外にも、例えば以前に”40~60km/h”などという幅を持って説明した「自車でもっとも燃費効率のよい平坦路における速度」も、車ごとに1km/h単位レベルで正確に認識することができます。こうしたエコ効果があるといわれる運転法のトライアルや走行条件一つ一つに対して、疑問に思っていることを直ちに試し、すぐにその効果を確認できますから、燃費計があるのとないのとではエコ運転の上達スピードと精度に遥かな差が出てきます。

エコに有利な運転法だけではありません。燃費を引き下げるマイナス面についての認識も変わります。「こんなことをしたら燃費が悪化する」というような運転法をしたときに、実際にどれだけ燃費下がるのかが定量的に分かるからです。あなたの車であなた自身がそれを確かめることができるわけですから、そういう運転は知らず知らずのうちに避けるようになりますし、その恩恵やるや計り知れません。

ちなみに、私自身の例で言いますと、これまで述べてきたような理屈は前車フォレスターの時代から既に理解して実践していたつもりでした。そして車がMPVに変わって2ヶ月ほどして燃費計を購入したわけですが、燃費計購入前後で、いきなりトータルの燃費記録が0.5km/Lほど伸びました。それぞれの運転法に細かい微調整を加え、定性的なbetter wayより定量的なbest wayを追求できた結果です。投資回収の側面からいっても、私の大したことのない年間走行距離(15,000km程度)でも2年そこそこで回収できてしまいます。これからエコ運転に取り組む方なら、それこそあっという間に回収できるでしょう。

ただ、私はあまり投資回収などという観点から燃費計を捉えてはおりません。装着してみればご理解いただけるかと思いますが、これほど面白い機器って滅多にあるものではありません。瞬間燃費など、ちょっとアクセルを踏んだだけでガガーンと下がったりしますから、装着したての頃は運転操作一つ一つに一喜一憂しながら、燃費計の吐き出す情報そのものを楽しんでおりました。そのうち出てくる数値の傾向に気づき、より高い数値を安定的に出せるよう努力を積み重ねることで更に0.5km/L以上の燃費改善を見たわけですが、その間の苦痛などほとんどありません。正直、退屈な通勤時間が面白い趣味の時間へと変貌を遂げたのです。

繰り返しますが、燃費改善のコストパフォーマンスがどうのこうのといった観点からではなく、ドライブが格段に面白くなる娯楽グッズとして、燃費計のご購入をお勧めいたします。

尚、最近では燃費表示のなされる車が増えてきました。これは、燃費の表示されない車と比較するならば遥かに恵まれた環境にいるといえますが、本格的に燃費を追求するためには、残念ながらその表示パラメータが足りません。その時々での最高燃費をたたき出すためには、燃費表示車にデフォルトで組み込まれている瞬間燃費や総合燃費の数値だけでは不十分で、時間当たりの燃料噴射量などを知ることも必要となってくるからです。

例えばある上り坂で最も効率のよい運転法を追及するようなとき、どうすればいいのでしょうか。アクセル一定に踏み込んでいると、瞬間燃費は4-5km/Lの間を行ったり来たりする。坂の比較的きつい場所でアクセルを気持ち踏み込み、坂の緩やかな部分ではアクセルを気持ち緩めるような定速運転を志向すると、3-7km/Lの間を行ったり来たりする。さて、どちらが効率がいいか。

このようなとき、”瞬間燃費”の数値をにらんでいるだけでは埒が明きません。というか、”瞬間燃費”などを見ていると、下手をすると判断を誤るかもしれません。本当のエコ運転を突き詰めたいのなら、”瞬間燃費”などよりも”燃料噴射量”の数値を見るしかないのです。

基礎編で述べた例ですが、加速時に①ゆっくりとアクセルを踏むのと、②グッと踏み込むのとどちらが有利か。この命題を例にとって解説していきましょう。

もしあなたが①と②の有利不利を判断をするのに”瞬間燃費”だけを見ていたとしたら、まず間違いなく「②の方がいい」と思うはずです。例えば

  ①平均4.5km/Lの加速が15秒続き、その後20.0km/Lの定速走行を10秒続ける。
  ②平均3.0km/Lの加速が5秒続いて、その後20.0km/Lの定速走行を15秒続ける。

という例を考えてみてください。これ、実際に燃費計を前にして皆様も体験していただければ分かるかと存じますが、実際にはほとんどの方が「①と②の加速時の燃費の差はたったの1.5km/Lに過ぎない。たった5秒で加速をやめ、その後15秒も高い燃費20km/Lで走った②の方が、4.5km/Lという低燃費状態が15秒も続いた①より燃費がいい」と判断してしまうんですよ。無意識のうちにね。

でも、実際①と②で同一距離を走ったときのガソリン消費量は同じです。燃費の数値をガソリン噴射量と速度に置き換えると、次のようになるからです。

  ①噴射量 100ml/min での加速が15秒続き、60km/Lに達したところで60ml/minの定速走行を10秒続ける。
  ②噴射量 240ml/min での加速が5秒続き、60km/Lに達したところで60ml/minの定速走行を15秒続ける。

もちろん目的地に着くまでの時間は②の方が短くてすみますが、それと同時に、加速を急いだだけ前の車との距離が詰まりますから、エンブレが使えずにフットブレーキを踏んでしまうリスクもそれだけ上がります。交通量が多く定速走行を続けることの難しい都会では、実は①を主体にゆったりと走った方が、トータルの燃費はずっとよくなるでしょう。

このように、加速に当たってどんなにゆっくりアクセルを踏んでも、”瞬間燃費”の数値は相当な低水準にまで落ち込みます。が、同じ低水準といっても、実はそこで実際に消費されているガソリン量の差は思ったよりも遥かに大きいものなのです。ぶっちゃけ、「加速時にはアクセルをグッと踏んだ方が燃費がいい」と断定している方々の中で、ここまで理解して言っている人は結構少ないと思われます。その記述内容から「この人は”瞬間燃費”の数値だけを見て(ちょっと勘違いしたまま)言っているな」と判断される例がネット上には結構氾濫しておりますのでね。

このように、”瞬間燃費”だけを見ていると判断を誤る可能性があります。そしてこれは特に加速に限定される話ではありません。走行中は”瞬間燃費”よりも”燃料噴射量”の方をチェックし、その継続時間から実際のガソリン消費量を推定できるよう、訓練をつんでください。これは相当ハードルの高い要求に見えますが、一旦慣れてしまえばなんてことないです。

というわけで、あなたの車の燃費に関する情報を一瞬にして確かめられる機器、燃費計。燃費を追求する上で、これほど有用なものは他にありません。燃費計は財布とご相談の上、可能な限りご購入ください。

  1. 2008/02/10(日) 23:06:30|
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3.エコ運転の応用Ⅱ

さて、これまでエコ運転の部分最適の追求について解説して参りました。後は冒頭にも述べました「部分最適の使い方・考え方」ということになるのですが、その前に運転そのものとはちょっと違う燃費テーマ”エコグッズ”に焦点を当てて考察してみたいと思います。

  1. 2008/02/10(日) 22:58:02|
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今後の購入希望レンズ

現時点で購入したいと思うレンズが何本かあります。

このうち、EF70-200mmF4L IS USMやタムロンA001(SP70-200mmF2.8)、あるいはタムロンA20(手ブレ補正機能つき28-300mm)、更にはEF100-300mmF4L IS USMという妄想レンズについて、これまで何らかの形で触れてきました。よってここではこれらのレンズへのコメントは割愛し、それ以外に欲しいと思うレンズについて書いてみたいと思います。


まずは広角単焦点レンズ。具体的にはEF35mmF2を狙っています。超音波モーターも何もついていないしょぼいレンズではありますが、写りそのものは相当な水準にある。安物とはいえ単焦点レンズですから、同じ焦点距離をカバーするタムロンA09を画質面で上回っておりますし、広角単焦点を一本も持っていない私にとって、避けては通れない魅力があるのです。

確かにA09は優れています。ただ、やはり単焦点にはかなわない。例えば2年前に高知県に行った際、私はこのA09と50mm単焦点の2本を持っていきました。そのときはA09中心に撮影をしたのですが、たまに50mm単焦点をつけてファインダーを覗くたびに、あの独特の透明感と美しいボケに心を奪われました。出来上がった写真も、優れているはずのA09を更に一段クリアにしたような飛び切りの水準に仕上がっており、「優れたズームもいいけど、だからといって『単焦点は要らない』とはならないんだよな」ということを再認識した次第です。

更に、私が標準~中望遠~望遠に目覚めたのは、全て単焦点レンズでの撮影に端を発しています。広角だって同じこと。今現在は広角オンチの私ですが、ひょっとすると単焦点さえあれば広角に目覚めるのかもしれません。そうなれば写真の幅が限りなく広がって行く・・・・・そんな淡い期待があることもまた事実なんです。

さて、このEF35mmF2ですが、欲しいには欲しいのですが今すぐは買いません。買うのはこのレンズがリニューアルされたとき。歴史のあるレンズですからデジタル対応はしておりませんし、超音波モーターだってついておりません。キャノンは「年間7本の新しいレンズを出して行く」と公言しておりますから、いつかはこのレンズのリニューアルが回ってくる。そのときに購入を検討しようと考えています。

キャノンの35mmには、EF35mmF1.4L USMというLレンズの中でもパフォーマンス的にトップクラスに位置する銘レンズがあります。こちらは性能ばかりか値段も一級品。もちろん買えるモンならこれを買いたいところですが、現時点で広角単焦点にそれほどの投資をするつもりもありません。Lレンズの方は、リニューアルされた安物単焦点を使って広角に目覚めたとき、改めて検討したいと思います。


次に欲しいと思っているのは焦点距離24mmのレンズです。24mmといえば超広角の入り口に位置する焦点距離ですが、正月の室内撮影ですとか、不定期に行われるパーティの撮影など、頻度的には低いんですけど、必要に迫られることがごくたまにあるからです。

もともとこの辺の画角はうんこシグマの17-35mmでカバーされるはずだったんですが、残念ながらこのズームレンズがうんこだったことは既報の通り。ぶっちゃけ、ちゃんと写る超広角レンズがもう一本欲しいところなんです。でも、これ以上超広角に投資する気もないので、なんだか中途半端な状態になっちゃっているわけで、いつかはここに何らかの決着をつけたいところ。

で、ここに一つの可能性が出て参りました。

友人がうんこシグマの24mm単焦点を持ってるんですよ。これがまた、私の17-35mmと違ってよく写る。そして、その友人がEF16-35mmF2.8L II USMを買う気になっているんです。

彼がこのLズームを買ったが最後、今持っているうんこシグマ24mmが宙に浮いてしまうのは必然的な流れでしょう。なんたってこのLズームと来たら、その辺の単焦点を楽に上回っちゃうようなべらぼうな描写特性を見せてますからね。これに対してうんこシグマ24mmの方は単焦点だというのにでかくて重いもんだから、特に機動性に優れているということも言えない。更に、超音波モーターだってついていない。要するに、新たに超広角Lズームを手にしたが最後、うんこシグマの単焦点を持ち出す理由がなくなっちゃうはずなんですよ。彼がこの24mm単焦点をまるっきり使わなくなるのも時間の問題・・・・・てなわけで、

「あのさあ、その24mm、使わないならしばらく貸してくれないかな。」

時期が来たらそう切り出そうと目論んでいます。「いざとなったらこれを使って」とかなんとか言って、質草として17-35mmを差し出してお茶を濁そうと思ってますが、図々しすぎますかね?


更にもう一本、欲しいレンズがあります。EF300mmF2.8L II IS USM。そう、キャノンLレンズのフラッグシップ、サンニッパです。

その開放F2.8から使えるべらぼうな解像力。晴天だろうが曇天だろうが、1/1000秒のシャッタースピード優先でも常にISO100に固定できるこのレンズの描写能力は、こたろサッカーを撮影する上で、これはもうのどから手が出るほど欲しいものだといっても過言ではありません。もっと長いところが欲しければエクステンダーを装着すればいいだけだし、エクステンダー装着による画質の劣化だって今持ってる300mmF4Lと比べれば微々たるモノ。これを手にした自分を空想するだけで、2.5kgというこのレンズの重さに対する抵抗など消し飛んでしまいます。ただ、のどから手は出せても50万円は出せない我が家の経済状況を鑑みますと、どこまでいってもこれは空想で終わってしまうわけです。

貧乏が憎い!

  1. 2008/02/09(土) 20:59:24|
  2. 写真
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オーケストラ生演奏

私は年に数回、オーケストラの生演奏を聴きにいっています。

生演奏とは名ばかりのスピーカーを介した電子音を聞かされるロックやロックンロールなどと違い、器楽であれ弦楽であれ声楽であれ、人の物理的な力で奏でられるクラシックはこれぞ正真正銘の生演奏。クラシックこそ生演奏で聴くに限ります。どんなに優れたCDをどんなに優れたオーディオ機器で聴いたところで、生演奏で得られる感動・感慨は得られない。そういうもんだと思っています。

楽器の共鳴成分の豊かさがクラシック演奏の命でもあり、生演奏やアナログレコードを、人間の可聴域を超える周波数をカットしたCDの音と比較すると、脳から出るアルファ波の量が全然異なるということが実験において立証されていますしね。
ご多分に漏れずこの私も、大昔にメディアがLPからCDへと取って代わる過渡期において、周波数がより広いはずのCDを聞いて「デジタルのCDはアナログのLPよりも可聴音域が狭い」と直感し、これを周りの人間に言いふらして、アホ呼ばわりされたことがありました。でも実際はカタログスペックしか信じない、自分の耳で判断できない周りの人間たちの方がアホだったわけで、私の方が正しいことが証明されたわけです。

とまあ、自分の耳を一通り自慢したところで、話を無理やり本題にもっていきます。

日本に帰国する前、即ち米国駐在中は、ご近所のオーケストラにニューヨークフィルハーモニックとフィラデルフィア管弦楽団という世界に冠たるオーケストラがあり、オケを聴きに行くならこれほど恵まれた環境はないといった状態でした。しかしながら、こういうオーケストラは8日分、月間、年間のセット券みたいなチケットしか発行しておらず、演奏会単発のチケットを入手できませんでしたので、一度も聴く機会がありませんでした。出張で各地に行くたびに(年間100日くらいは全米各地に出張しておりました)チケットを求めさまよったのですが、どこでも同じ状態でしたから、あちらではこれが普通なのかもしれません。

というわけで、米国内ではプロオケを聴く機会がなかったのですが、一度カナダのモントリオールに出張した際、ひょんなことからモントリオール交響楽団のチケを手に入れることができました。演奏があったのはコンサートホールではなく教会です。欧州風の石造りの教会ですから、演奏前は残響音が大きくてまともに聴けるのかと心配しましたが、実際に演奏を聞いてみるとそんな心配は無用でした。この極めてフランス風の透き通った音を出すオケに、教会の心地よい残響音がシンクロして、この世のものとは思えぬすばらしい音楽を聴くことができたのです。

あと、地元プリンストンには伝統と格式を誇るクラシックのホールがあって、そこで五嶋みどりのヴァイオリン演奏会、ヨー・ヨー・マのチェロ演奏会を聴きに行ったこともあります。どちらも世界的なプレーヤーですが、残念ながら私自身が器楽曲にさほど興味がないこともあり、どちらも確かに上手で美しかったのですが、心の底から感動するというまでには至りませんでした。

日本に帰国してからは、オケを生で聴く機会が増えました。横浜に優れたホールがないためか、わざわざ東京やら川崎まで出かけていって聴くわけですが、私がそうやってまでして聴く生演奏というのは、その全部が全部、アマチュアオーケストラのものです。同じ会社にアマオケのビオラ奏者がおり、この方が様々なオーケストラのチケットを無料で進呈してくれるという恵まれた状況にあるからです。そのオーケストラとは、ル・スコアールとかダスビダーニャとかザ・シンフォニカとか東京楽友協会交響楽団とか多岐にわたるのですが、これらのオケがことごとくマーラー、ブルックナー、ショスタコーヴィチ、・・・・といった私の好みの作曲家の曲をメインに取り上げてくださるものですから、喜んで聴きにいかせてもらっています。

アマチュアのオーケストラをこれだけ集中的に聴くのは初めての経験ですが、アマチュアにはプロにはないよさがあると思うようになりました。思ったより遥かに上手だし、なんかこう、うまく言えないんですけど、実力的に大差ない(?)日本のプロオケをいちいち聴きに行くまでもないような、ある種の情熱が感じられて・・・・・

探せばアマチュアオケの無料チケットというのはあちこちで提供されておりますので、クラシックに馴染みのない方は、一度、アマチュアの演奏会に出かけてみてはいかがでしょう。意外と面白いと思うかもしれませんよ。

  1. 2008/02/08(金) 22:41:49|
  2. クラシック音楽
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2-5.雨天

雨天の運転法は基本に準じます。雨天における上り坂、下り坂、カーブの走り方もこれまでの説明に準じます。ただ、特に減速において、滑走・エンブレの距離が短くなりますので、これに応じた減速を心がけてください。


<我流解説>

雨天のドライブは燃費が悪化します。その原因は路面抵抗。常に抵抗の大きな状態で走行することになりますから、燃費の悪化は当たり前。それを念頭に、運転法を・・・といいますか、考え方を少しだけ変えます。

例えば上り坂。晴天時にはオーバードライブで上ってしまっていたゆる~い上り坂などでは、路面抵抗の増す雨天ともなるとそのまま走るよりもシフトダウンした方がいい結果が得られることも多くなってきます。また、下り坂でのアクセルはさほど燃料も消費せずに加速する絶好のチャンスなので、下り坂でわずかにアクセルを踏む等、晴天時よりアクセルを使う機会が増えてきます。更に、滑走・エンブレの距離も路面抵抗によって比較的短くなります。これにあわせて遅めに減速に移るとますます燃料消費量が増えてしまいますので、減速のタイミングを変えるのではなく、滑走でエンブレを代用するように心がけます。

このような対応を雨脚の強さ、路面状況に応じて取り入れていきます。いずれも微妙な感覚に基づくものですが、エコ運転の基本さえ抑えておけば、いずれ直感的に対応できるようになりますので、雨が降り出したら上のようなポイントを常に意識するようにしてください。特に”減速”は平坦路と同様に重要です。

  1. 2008/02/07(木) 19:50:38|
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こたろサッカー写真集

今年一年間のこたろサッカーチーム(3~4年生)の活動をまとめておこうと思い立ち、MyBookというサイトを利用して写真集を作りました。このサイトで提供されている写真集の画質クオリティは正直申し上げますと若干低めで、具体的には270dpiなのですが(300~360dpiくらいはほしいところです)、その反面、画像や文字配置の自由度が高く、写真集全体のデザインなど自分自身が一から決められるところが気に入っているため、以前からこのサイトをヒイキにしておりました。

これまで、このサイトで作った写真集は全部で4種類。うち、3種類がこたろチームのもので、2つは一つの大会をまとめただけのもの(それぞれ数試合分です)、もう1つの方は前年チームの選手紹介を目的として作成したものです。これらをチームメンバーのご父兄にお見せしたところ、3種類あわせて50冊程度の需要がありました。

でも今回は一年間の活動を鳥瞰して取りまとめようというのです。なんといっても一年の集大成ですから、30名を超える部員全員を一人一人丁寧に紹介するのはもちろんのこと、公式戦の全大会を網羅したものに仕上げなければなりません。よって、サイズは一番大きいハードカバーのもの(一辺26cmの正方形、80ページ)を選びました。これだと一冊がなんと2万円弱もします。過去の3冊のようにもっと小型で安いものにすれば、チームメートの多くの方々に購入していただけて複数冊購入の割引が受けられるかもしれないのですが、・・・2万円?・・そんなの、誰が買うんじゃ?・・・・・

でも関係ないッス。これは私が自分のために作るものなんだから、自分が欲しいものを作ればそれでいい。そう開き直り、ひたすら自分勝手路線に邁進しっちゃったわけなんです。

まずは各選手1ページを使っての32名の選手紹介です。
せっかく大きなサイズの写真集なのですから、「小さい画像をチマチマと並べてもつまらない。どうせならこの大きさでしか表現できない写真、1ページいっぱいの大きな写真を一人一人ドッカーンと載せていこう」との基本方針を決め、選手紹介画像の選定から始めました。

この作業、6,500枚足らずの画像ストックの中から、各選手の画像を1枚ずつピックアップしてくるわけですが、26cm四方(270dpi)でちょうどいい大きさとなりますと、1280万画素の5Dだとトリミングなしで撮れているくらいの写真がちょうどいい大きさということになります。が、こっちはいつも単焦点でトリミングするのが当たり前状態で撮影してきておりますから、ちょうどいい大きさの(トリミングを必要としないほど選手が大写りしている)写真というものがなかなかない。ほとんどの画像がサイズ的に小さいわけです。特にこたろも含めた後ろの選手たちはこの傾向が顕著でした。また、レギュラーならともかく補欠の選手などは、写真自体が滅多にないという問題がありました。更に、大きさ的には十分でも選手自身がカッコよく写ってなければ、そういう画像を使うわけにもいきません。

というわけで、もう最初からメチャクチャ苦労したのですが、何とかこれを完成。32ページ分が決まりました。
続いて試合の写真の選定です。

こちらはいくらでもストックがありますから、スイスイ進むかと思ってたんですけど、やってみるとこれがまた超手間がかかるんです。なんたってぶっちゃけ同じような写真ばかりですからね。各選手の大きさを大小織り交ぜたりして変化をつけなければ全然面白くなくなってしまいます。更に、「各大会一人最低2枚」とか「各選手の大きさを、例えば大1枚、小1枚のようにバランスさせる」とか「中途退団の選手はフェードアウト気味に」とか「中途入団の選手は登場後厚めに」とか「全体を通じてポジション、あるいはレギュラーと補欠選手とでなるべく偏りが出ないように」とか、・・・自分自身に課した様々な条件をクリアしながらそれを実現していくとなると、これはもう神業としか思えないようなべらぼうな編集能力が必要とされるんです。

このような感じで、途中で何度もゲロを吐きそうになりながら、十数日かけてこの編集作業を完了させました。
長かった。
「なんでおいらはこんなことをムキになってやってんだろ。」
「誰が望んでいるわけでもないのにさ。」
「アホか!」
何度もそう思いました。
が、とにかくヒーヒー言いながらもなんとか完成し、早速発注。本日ブツが到着して、一人悦に入った次第です。

写真集外観
(写真集外観:左にあるのは大きさ比較用に置いたCD)

来年度もこれと同じことをするかどうかは分かりません。今年度は選手個々を望遠で追いかけた写真ばかりでしたが、来年度からは70-200mm(キャノンF4LISかタムロンA001)を購入し、最近メキメキとその能力を高めてきた”チームプレー”というものをなんとか画像に残せないか試行錯誤していくことを予定しておりますので、最初は間違いなく使い物にならない写真が量産されることになるからです。来年度は5~6年生のチームになりますので、新5年生のこたろは間違いなく補欠。我が子が出場しない試合の写真をセッセと撮る気もあまりないので、この状況をうまく利用して、来年度はサッカーの新たな撮影コンセプトを確立する実験の年と位置づけています。そしてそのまた次の再来年度、Photoshop Elementsを買ってきてMyBookのエディターを組み込み、300mmF4Lによる選手個別の写真と70-200mmF4Lを使ったチームプレーの写真とを織り交ぜて編集しまくって、こたろサッカーの集大成を作っちゃおうなんて大それたことを考えてます。(と言っても、6年生になってもまだこたろが補欠のままって可能性も高いので、そこはちょっと困った問題なんですけど・・・)

写真撮影から現像・編集の段階まで勘案いたしますと、この写真集の作成にはべらぼうなエネルギーを投入したことになりますし、PCの中に眠っている撮りためた写真がこうして形として残るとなると、何とも言えない自己満足感に浸れます。この自己満足を再度味わうべく、今からまた2年間、こたろサッカーを見続けようと思います。

  1. 2008/02/06(水) 00:14:53|
  2. サッカー
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タムロンSP90mmF2.8マクロ(272E)

今から1年ちょっと前、超高倍率ズームA031の購入によって、自分の撮影スタイルからみて一通り満足の行くレンズラインナップが形成されたと考えられたため、ここらで一発写真の幅を広げようと、マクロレンズに手を出してみました。

以前からマクロを撮るならこれだと決めていた究極のマクロレンズ、タムロン272E。このレンズの多数のユーザーたちがネット上に提供している画像サンプルを見比べるうちに、フォーカスの切れとボケの柔らかさが段違いだと思うようになったからです。そして、このレンズがミニ三脚プレゼントキャンペーンというのを行っているのを知るに至り、購入した次第です。

早速、こたろのサッカーに持ち出してみました。(えっ???)
というのは、巷では有名であるこのレンズのオートフォーカスのトロくささをAIサーボで実感してみたかったのと、ポートレート中望遠レンズとしてどれだけ機能してくれるのかを知りたかったからです。

最初のオートフォーカスの方ですが、これはもうどうにもならないレベルでした。トロかった。いや、あまりにもトロすぎ。実際撮影していて笑ってしまったくらいです。たった数枚撮っただけで、このレンズで動いている被写体を追うのは不可能であることを確信いたしました。(ただ、トロいといってもそれは最初にフォーカスを合わせるまでの時間のことで、一旦フォーカスが合えば思ったよりも被写体に追随するんですけどね。)

続いて中望遠レンズとしての実力もみてみました。こちらは行けます。開放F2.8で十分使用に耐える解像度にボケの素直さと柔らかさ。描写力だけを問題とするなら、EF85mmF1.8に伍していけるだけの実力を持っているように思います。

272E開放ポートレートもどき
2006年11月3日 さえずりの丘, EOS 5D, 1/4000秒 開放F2.8 ISO100, 縮小42%

さて、肝心のマクロ撮影についてなんですが、人様がマクロ撮影している写真を見ると、花や虫を被写体としている例が多いように思います。ただ、残念ながら、私はこのどちらも全くと言っていいほど興味がありません。ただ、マクロオンチの私がたった一つ撮ってみたいと思う被写体がありました。誰もそんなものは撮ったことなどないと思いますが、それは・・・・・ゆたろ、こたろの耳垢です。

なにしろ、こいつらの耳垢たるや壮絶なんです。とてもこれが人間の耳から出てきたとは思えないような豊かなボリューム、個々の大きさ、色合い、艶・・・って、ちょっと話が大げさになっちゃいましたが、とにかく壮絶なんです。
ティッシュペーパーを広げてその上にやつらの耳垢を集め、5Dに272Eを装着して、キャンペーンで仕入れたミニ三脚にセット。そして、F8まで絞って寄れるだけ寄りリモートケーブルでレリーズ。出来上がったRAWファイルをSILKYPIXで現像し、これを19インチモニターいっぱいで等倍表示してみると・・・・・

すいません。こんなものを人様にお見せするわけにはいきませんので、ここへの写真の掲載はなにとぞご容赦願いたく存じます。とにかく「極めて興味深い、超絶的に生々しい画像が得られた」とだけ申し上げておきます。

耳垢撮影はさすがにこれ一回だけで止めましたが、この他にもいろいろ撮っています。

と申しましても、相変わらず花やら虫やらに興味はない。撮る被写体のほとんどが”人体のパーツ”でして、例を挙げますと、深爪した指先、蚊に刺されて膨らんだ皮膚、にきびをつぶしたときに出てきた脂肪、鼻毛の毛根、出血した傷口、ほくろ、爪の垢、足の裏のタコ、髭剃り前のあご、髭剃り後のあご、眼球、へそのゴマ、枝毛の先っぽ、・・・・・・
こういったものをいろいろと撮影してみては、モニターを眺めてウギャ~!と叫んでいるのですが、一連の人体マクロ撮影を通じてただひとつ言えるのは、「人間の身体の営みっていうのは本当に神秘的なものなんだな」ということです。
機会があったら皆様もぜひお試しください。バカらしくなること請け合いです。

さて、次は何を撮ろう・・・・・

  1. 2008/02/05(火) 00:01:24|
  2. 写真
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こたろサッカーFY2007写真

デジカメ画像には”自力で加工できる”というメリットがあります。そのために使われるソフトウェアとしてはアドビのフォトショップが有名ですが、私も昔からこのソフトを利用しておりまして、フォトショとの付き合いはもうかれこれ7~8年になります。それが、最近はずっとフォトショにご無沙汰しておりました。

以前はデジカメ画像の画質も低く、これをなんとか見られるレベルにしようと、トーンカーブをS字に曲げたりアンシャープマスクをかけたりと、何かとうすらぼやけた画質をちょろまかすためにリタッチするケースが多かったのですが、近年のデジイチは画質が飛躍的に高まっており、多少問題を抱えていてもRAW現像をする段階で相当高いレベルでの調整が利きますから、デジカメ画像の画質そのものを弄繰り回すことはなくなりました。画質以外でフォトショを使うとしたら文字入れや画像の合成くらいに限定されますが、それすら適用頻度が大変低くなっておりまして、実際にはこたろサッカーの集合写真に大会名を入れたりチームロゴを入れるくらいがせいぜいでした。

それがこの度、久しぶりにフォトショを使う決心をしました。(大げさだっての)
こたろサッカーの集大成写真を作るためです。

え~っと、話がいきなり脱線しますが、画像を加工する行為のことをretouchといいます。日本ではこれを”レタッチ”などと表記しておりますが、私は個人的に”レタッチ”などと堂々と書いてある文章を読むと気恥ずかしくなって穴があったら入りたくなってきます。これを欧米人に発音させると、どう聞いても”レタッチ”とは聞こえない。”リタッチ”です。当然ですよね。・・・これを当然と思えない阿呆な方には、以下のコメントを差し上げたいと思います。

「んじゃお前、replay, retry, recoverってのをレプレイ、レトライ、レカバーって言うのかよ! ん~~?(語尾上がる)」

それはともかく、”re”は”リ”なんですよ。なんでリタッチだけレタッチなんでしょうか?というわけで、私は阿呆な慣習に付き合う気もございませんので、今後もずっとこれをリタッチと表記していきます。そこんとこよろしく。

さて、話を戻しますが、昔よくリタッチ・コラージュしまくりのA4サイズ画像を作り、高画質写真用紙にインクジェットプリンタで印刷。部屋に飾ったりしてたんですけど、これだと1枚あたり推定で300~400円のコストでできますから、一時は結構はまっていました。ただ、自宅プリンタで印刷した画像って時がたつと劣化しますよね。それが何だかデモチになったこともありまして、いつしかあまりやらなくなってしまいました。

時は流れ、ネットで格安プリントができる時代が到来しました。こたろサッカーチームの集合写真などでたまにプリントを頼むネットデポでは、六切りワイドが1枚280円という安値で作れます。これならばインクジェットよりも安いくらいだし、弱点だった経時的な劣化もほとんどないってことで、久しぶりに作っちゃおうかなと思った次第です。

今回新たに作成する画像のコンセプトは「自分の子供が真ん中に大きめに配され、その周りを32名の選手がズラ~ッと並んで取り囲んでいる写真」、即ち、画一的なものじゃなくて、オーダーメイド式にしたんです。なんかこう文字で書くと訳が分からないと思いますので、とりあえずサンプルを掲載しておきます。

FY2007
(画質は最悪のレベルに落とした上に、個人を特定出来ないようマスクしました。)

注文は個々人から、例えば「A君3枚」「B君1枚」「C君2枚」といったふうに受けます。こちらは真ん中の大きい部分をA君の写真に入れ替えて3枚、B君にして1枚、C君のを2枚、それぞれ注文すればいいだけ。フォトショ上ならあっという間の作業です。どうですか、簡単でしょ?

早速、こたろを真ん中にしてサンプル写真を作ってみたのですが、いろんな機能を使おうと欲張った結果、ご覧の通りのなんだかゴテゴテと仰々しい作品になっちゃいました。でもいいんです。なんたって280円ですから。やり直すのも面倒だし、これで発注かけちゃいました。このデポで六切りワイドを頼むのは初めてのこと。どんなクオリティなのか、ちょっと楽しみにしちゃってます。なんたって、オリジナルはEOS 5D + EF300mmF4Lで撮影した画像を縮小したものの集合体ですから、その画質の高さは文句ないレベルですからね。これがプリントによってどうなるか、(画質的に)どれほど美しく仕上がるのか、期待して待っているところです。週末には出来上がってくるでしょう。そのときにまた、緊急速報を流すかも。

  1. 2008/02/04(月) 00:33:34|
  2. サッカー
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タムロン28-200mmF3.5-5.6(A031)

A09を購入してからというもの、単焦点を持ち出すまでもないようなちょっとした外出やイベントなどには、この標準ズームA09を持ち出すようになっておりました。が、上空に棚引くこいのぼりなど、もっと寄って撮りたいと思うようなケースがチョコチョコと出て参りました。
そこで、高倍率ズームなるものに少しだけ興味がわき、2年近く前のことですが、安価であることも手伝ってこれを衝動買いしちゃいました。もうこれ、ほとんど遊びの冗談半分です。

高倍率ズームとしては28-200mmと28-300mmの2種類があり、売れ筋は後者のようでしたが、200mmを越える暗いレンズを手ブレなしで撮れるとも思えませんでしたので、より小さくて軽い前者の方を購入した次第です。

いざこれを使用してみると、思ったよりずっときれいに撮れます。開放はゆるくて常用する気にはなれませんが、F5.6くらいでそこそこいけます。と申しましても、これを冷静にA09と比較すると、画質的には確実に劣っております。ただ、これはA09がよすぎるからなのであって、A031の画質がどうしようもないということではない。A09に不具合が起こったとき、なんとか代用として使えるのではないか。それくらいの実力はあるのではないかと思っています。

A031 ワイド端
2006年7月7日 ひらつか七夕祭り, EOS 5D, タムロンA031, 28mm, 1/200秒 F5.6 ISO100, 縮小22%
(曇天なのにこれくらいは写ります。)

A031 テレ端
2006年7月7日 ひらつか七夕祭り, EOS 5D, タムロンA031, 200mm, 1/200秒 F5.6 ISO100, 縮小30%

(自分の名誉のために申し添えますが、この写真は試写のつもりでナニゲに撮っただけでして、別に女子高生のケツを狙ったわけではありません。たまたま後ろ姿が写っていただけです。本当です。・・・・って、言い訳をすればするほど怪しさ爆発・・・・・)

さて、このレンズは軽すぎるせいか、(上の画像はそうでもないですが)望遠域では200mm単焦点より手ブレを起こしやすいです。こうした高倍率ズームでこれ以上望遠域を拡張するなら、やはり手ブレ補正機能がなければ意味がないように思います。

一度、このレンズをこたろサッカーの撮影に使用したことがあります。安価で超音波モーターも付いてない高倍率ズームを使ってAIサーボで選手をどこまで追えるものなのか、一度試してみようと思ったからなのですが、これがまた、結構ちゃんと追随するのです。ジージーうるさいことを我慢すれば、十分及第点を与えられます。ただ、200mm(といってもインナーフォーカスですから、画角的には160~180mmの単焦点レンズと同等くらいです)でF8限定となると、シャッタースピードが足らなくなるため、ISO感度を上げる以外に手がありませんでした。手ブレにも厳しいし、やっぱりサッカー撮影に常用するには、少し無理があるかもしれません。(^o^;)

高倍率ズームと言えば、去年、タムロンが28-300mmに手ブレ補正機能をつけて出してきました。

  AF28-300mm F/3.5-6.3 XR Di VC LD Aspherical [IF] MACRO (A20)

なんだかめちゃくちゃ長ったらしい名前ですが、先日、このA20をヨドバシカメラで触ってきました。
・・・・・すごいです、このレンズ。VC(手ブレ補正)かけると画像がピタッと気持ちよく止まります。その潔さたるや、”ボワン”って感じで止まるキャノンISの数段上。これならテレ端300mmまであっても何の問題もなさそうで、俄然物欲がモリモリと沸いてきました。

私はいずれ、この高倍率ズームレンズA20を買うでしょう。いや、”いずれ”どころか、今日明日にも買っちゃうかもしれません。なぜなら、このレンズは究極のお手軽高倍率ズームだと思うからです。どうせ買うことになるなら今買うべき。どんなレンズでもその寿命は半永久的なものと考えておりますので、買うのを早めれば早めるほど、このレンズを楽しめる期間が延びるからです。

そのとき、A031の方をどうするか。無駄になるのではないか・・・・・
いや、書き出したらきりがないので詳しくは述べませんが、既にその用途も決まっています。
あとはA20を買うのみ!・・・って、何の話をしていたんでしだっけ?

  1. 2008/02/03(日) 23:51:25|
  2. 写真
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2-4.カーブ

カーブは極力惰性で曲がります。カーブの運転法は基本に準じますが、カーブする際にアクセルを踏むとそれだけ燃費は悪化しますので、もし安全に問題のない範囲で可能であるなら滑走状態でカーブは曲がりきってしまうことを心がけてください。


<我流解説>

カーブの運転法ですが、第一章で述べた基本の運転法に準じます。ただ、燃費効率という点ではそれよりも一段上の対応があります。効果はさほどではありませんが、次のようにご対応いただけると、わずかではありますが燃費は伸びます。

交差点での右左折をイメージしていただければご理解いただけると思いますが、車が曲がるとき、それだけ路面抵抗が増します。抵抗が大きい状態でアクセルを踏むと、その抵抗に打ち勝つ分だけ燃料が余計に消費されますので、そんな無駄なことをするよりも、カーブはなるべく滑走惰性で曲がり、その先の直線路でアクセルを踏んで車速を取り戻した方が得なのです。まあこれも「その先の直線路」というのがなければその限りではありませんが、山道でなければたいていは直線路ってあるものです。

やってみればすぐにわかるかと存じますが、道なりのカーブでこれをする効果は結構微妙です。うまくいっても1回に稼げる燃費などたかが知れておりますので、どうせやるならこれを積み重ねていくことが重要です。1回の効果が比較的高いのは交差点での右左折ですが、十分な減速もせず闇雲に交差点に突っ込む行為は危険を伴いますのでやめましょう。あくまでも安全を十分にご確認の上、状況に応じて試してみてください。

  1. 2008/02/02(土) 22:55:14|
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オペラ

私はその昔(といっても、たった数年前のことなのですが)、「オペラなんか何が面白いんじゃ?」と思っていました。

まず何だか無理矢理こじつけたようなその陳腐なストーリー。どれもこれもくだらないものばかりで、よくもまあ恥ずかしげもなくまじめな顔してこんなものを演じ、あるいは鑑賞できるものだと感心していたのです。おまけに、大時代的なクラシックの歌手が妙ちきりんな衣装を着て、そのしょうもない物語にあわせて「ハ~~~~レ~~~~ホ~~~~レ~~~~」などといい気になって歌っています。「アホか!」と思ったものでした。

そもそも私には声楽というものがよく分からなかったのです。あんなへんてこな歌い方の音楽を聴いて、何が楽しいんだろうと思っていたのです。その気分は未だに残っていて、「やっぱキョンキョンの歌声が世界一」なんて考えているくらいですからね。(威張るなっての)

そんな私がオペラを聴き始めました。”聴き始めた”というのは、映像ではなくCDから入ったからなのですが、それはともかく、何故こんな羽目に陥ったかと言うと、ある友人からの勧めがあったからなのでした。

「オペラ、おもろいで。」
「どこがやねん?」
「とにかくおもろいで。」
「よっしゃ、一念発起して理解したるワイ。」

このまるっきり遊びのない極めて事務的・合理的な会話を発端に、私のオペラへの挑戦が始まりました。

それ以来、この友人が送ってくれたヴェルディ作曲の「リゴレット」というオペラを精力的に聴き始めました。

この曲のストーリーは、貴族に仕える道化師リゴレットが自分の娘をその貴族(自分の主人)に陵辱されて(まあ簡単に言うとやられちゃったわけですね)、復讐のため殺し屋を雇ったらその殺し屋が間違って自分の娘を殺しちゃった、という阿呆丸出しのお話なんですね。

最初は当然苦痛でした。何度聞いても退屈の極みで、何が面白いんだか全然分かりません。

「どこがおもろいねん、これの。」

その友人に何度このセリフを投げかけたことか。でもその返事は「歌手の歌声の妙を楽しむ」だの「情景を想像しながら歌声にこめられた魂を聞く」だのと、ことごとく訳の分からんモノでありました。

だいたい、この曲は悲劇のはずなのですが、映像のない音だけで聴いているとなぜか私には喜劇に聞こえるのです。最初は「ドラえもんとのび太の大冒険」の映画音楽かと思ったくらいです(これ、ホント)。やはり暗黒の時代を表現した管弦楽曲、例えばショスタコーヴィチの交響曲などと比較すると、オペラってのは相当軟派です。

総計で20回は聴いたでしょうか。どこでどのような音楽が流れてくるのか既に完全に覚えてしまい、そののんきな音楽に慣れた頃、ようやく次のオペラに進出することが許されました。

友人より試聴を許されたリゴレットに続く曲、それはプッチーニ作曲の「トスカ」でした。

このお話の登場人物は、嫉妬深い宮廷歌手のトスカとその恋人のカバラドッシ(なんちゅう名前じゃ)。そこにトスカに横恋慕する悪代官(?)のスカルピアが現れて、なんだかんだあってみんな死んじゃう、というストーリー。(これじゃワカラネエっての)

トスカの有名なアリア「歌に生き、恋に生き」は、その昔、ニューヨーク近辺にお住まいだった方なら耳に残っていると思います。TVの日本語放送で、毛筆で変な丸を書く”鎌倉・源吉兆庵”のCMの裏に流れている妙な女声の曲。あれです。(こんな曲をCMのBGMになんか使うなっての)

こちらは全曲を通じて結構すんなりと聴けました。といっても、曲自体はある意味しょうもないんです。プッチーニとヴェルディとの力量の差と言ってしまえばそれまでなのですが、その旋律があまりにギクシャク、ゴツゴツしていて、まるで音大作曲科の落第生が作った卒業曲みたいでして、明らかにプッチーニには力量がないことが分かります(こんなこと言っちゃっていいのかな?)。リゴレットとは比較にもなりません。でもなぜか私はすんなりと聴くことができたのでした。理由はよく分かりませんが、ギクシャクしているところが私には刺激的だったからかもしれません。

とまあ、細かい話しは抜きにしても、とにかく管弦楽曲としてはトスカは聴くに堪えたのです。でも声楽としては・・・?相変わらずよく分かりませんでした。

こちらも結局20回くらい聴いたでしょうか。
「こりゃ、脈なしかな。」

全然次を聴こうという気が沸き起こってこない現状に半ば諦めかけた頃、ふと思い立って10年前くらいに録画してお蔵入りしていたクラシック関係のビデオを引っ張り出してきて、久しぶりに見てみました。これにはマーラー2番やウェストサイドストーリーが入っているのですが、これをみて寒気が走ったのです。

「ゲロゲロ・・・・・声楽が私にも分かる!」

マーラー2番のアルトを歌うジェシー・ノーマン、ウェストサイドストーリーのマリアを歌うキリ・テ・カナワ(ソプラノ)。以前には曲のおまけくらいにしか考えていなかった声楽が、今、今日、この瞬間、こちらの胸のうちにビンビン響いてくるではありませんか。(大げさだっての)

「これはもしかして・・・。」

オペラ2曲を散々聴き込んだ結果、オペラ自体には「なにがおもろいねん」という感覚から脱却できなかった代わりに、歌手の声の良し悪しというか、以前は全て同じに聞こえていたクラシックの声楽に対する自分の好みが認識できるようになっていたようなのです。

「このジェシーノーマンはすごい。」
「このキリ・テ・カナワは絶品だ。」

今ではそう主張できる自分がここにいます。というわけで、調子にのって再度リゴレットとトスカに戻ってみました。

でもダメなのです。相変わらずオペラは分からない。

月日は流れ、ヴェルディのオテロ、プッチーニの蝶々夫人などが追加で目の前を流れ去っていきました。にもかかわらず相変わらずオペラが分からない状態に身を任せていたある日、ほとんどやけくそでワーグナーに手を出してみました。

「ワーグナーは大嫌い。なぜなら大河ドラマみたいだからだ。どこでどのように盛り上がるのかが事前に分かってしまう。”こうだろうな”と予想したとおりに曲が展開する。聴いていて安心だ。映画で言うならハッピーエンドが約束されている米国映画、山登りで言うなら家族で登れるお子ちゃまルートをちんたら登っていくのに似ている。日本人に限らずこういうのが好きな人は多いであろう。が、私にとっては”退屈”以外の何者でもない。」

タンホイザー序曲やマイスタージンガー序曲などの限られた楽曲を聞いて前々からそう公言してきた私なのですが、オペラを通して聴いたことがなかったのもまた事実(嫌いでしたからね)。そこで、ちょっと聴いてみることにしたのです。
聞いてみたのは”ラインの黄金”という曲です。で、プレーヤーにCDをセットしてプレイボタンを押しました。

ガビ~ン!

文句なくすばらしい音楽がそこにありました。
まずコントラバスの低音で始まり、少しずつ発展するものの決して変調しないナゾかけみたいな序曲がもういきなり私好み。ラインの黄金が輝くテーマはあまりにしみじみとしすぎちゃってて、もっと鮮やかでいいんじゃないかなんて思うんですけど私好み。巨人族の登場の音楽なんか、あまりにわかりやすくて小学生が作ったみたいで笑っちゃうんですが私好み。鍛治のリズムはしつこいからもう繰り返さなくていいってばって思うんだけど私好み。・・・

ワーグナーって天才だったんですね。早速スコアを買ってきて眺めてみたのですが、あれだけの仕掛けを冗長に陥ることなく全曲に渡ってちりばめることができるその才能と実行力は、とても凡人には真似できないものです。ワーグナーと比べてしまうとヴェルディは鼻くそ、プッチーニなんかどぶねずみの糞と言えましょう。(いいのか、こんな事書いて)

ワーグナーのおかげでドイツ・オペラというものの面白みが分かるようになったようなのですが、問題は未だに能動的に聴き込もうという気になれないヴェルディやプッチーニなどのイタリア・オペラなんです。これを心から分かるようになるにはどうすればいいのでしょうか?誰か教えてくれませんか?

  1. 2008/02/01(金) 21:09:29|
  2. クラシック音楽
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