ま、適当に

思いつきで書くよ

被写体

以前にどこかに書いたかもしれませんが、私がカメラを構えるとき、その撮影対象となるのはほとんどが”人”です。その他では近所のスナップくらいはたまに撮ったりするんですけど、それ以外はからきしなんです。世の中には写真を趣味にしている方が多数いらっしゃいますが、そういう方々がよく撮影されているような花とか虫とかのマクロ撮影、風景、電車・蒸気機関車・・・・、こういうものにはほとんど興味がありません。また実際、これまで撮り溜めてきた我が家に残っている2万枚超の写真・画像の中にもそういう写真はほとんどありません。もちろん、マクロや風景、あるいは人以外の被写体に興味がもてれば趣味の幅が広がりますので、趣味の幅を広げることに命を燃やすタイプの私といたしましては、このブログでもいくつかご紹介して来たとおり以前から何かとじたばたしてきたわけですが、それでもまだ一向に興味がもてないでいるわけです。

それはなぜかと鑑みるに、やはり「写した写真の特異性(特殊性?)」ってところに価値観を見出しちゃっていることが大きな要因になっているように思います。

例えば、花とか虫、あるいは美しいと定評がある地域の風景、電車や機関車・・・・こういう被写体があまりに一般的に過ぎる写真って、自分が撮らなくても誰かが撮ってるじゃないですか。ネットを検索すれば、あるいは図書館行って写真集を開けば、似たような写真はいくらでもある。そんな写真を時間と金かけて今自分が撮って何になるの?そう思っちゃうわけです。自宅で咲いている花とか自分が飼っているペット・昆虫とかいうならまだ話は分かるんですよ。そこにはそれなりの特異性がありますからね。でもね、例えば今日も仕事で電車乗ってたらホームの端っこに電車小僧がいっぱいいましたけど、あれは何なのでしょうか。はっきり言ってこいつらの行動、意味分かんないッス。

「お前らが撮ってるような写真はネットに行けば誰かが公開しているだろ?それを今、あんたが高い機材を買い揃えてまでして撮影することに何の意義があるんだ?」

聞けるもんならそう聞いてみたいくらい。(そんなわざわざ喧嘩売るようなこと、実際にはしませんけど。)

それが、”人”となると話は別ですよね。表情一つとっても刻一刻と変化する。おまけに家族とか知人・友人の写真がネット上で検索出来たり、ましてやこういう人たちの写真集なんてこの世に存在しませんから、そういう被写体を撮影した写真ってのは特異性大爆発といったところで、自分が撮らなきゃ誰も撮らないという何物にも代え難い前提がある。そこに撮影する意義がある。記録に残す意味がある。これまで撮ってきたサッカーの写真然り、野球の写真然り、家族旅行の記念写真然り。そう考えちゃって何も省みないわけです。

こんな狭苦しい価値観を持っちゃった因果なのでしょうか、未だにどうしても他の撮影ジャンルに手を出せないでいます。せっかく撮影機材があるのですから、おいらだって撮影の幅を広げたい。興味を持てるモンなら持ってみたい。私のこの”人”に凝り固まった頭を粉々に打ち砕くような画期的屁理屈はないものでしょうか。名づけて「撮影精神論」。屁理屈大魔王である皆様からのメールをお待ちしております。

(あっそうそう。昨日一人で勝手に盛り上がってた通勤燃費記録だけど、また事故渋滞があって元の木阿弥になっちゃったッス。・・・・グスン。・・・・つくづく思うんだけど、おいらっていつも決まって土壇場で転ける運命にあるみたい。)

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  1. 2008/10/16(木) 23:20:02|
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